サイト・トップ
ガスの科学ブログ
ガスの科学目次
 
前の記事
64
次の記事
 
前へ
目次順
次へ

第64回 3−4 特殊相対性理論 

 2018/05/26

     

 
 量子論は、前期量子力学の確立に続いて、場の量子論の段階へと発展していった。
  近代の科学は、17世紀のガスの科学から始まったが、物質を取り扱う科学は、量子という新たな概念によって20世紀初頭に大きく発展した。そして、ほぼ同じ時期に生まれた「相対論」はエネルギーや時空に新たな概念を生みだし、人々の世界観を大きく変えた。
特殊相対性理論(Relativitatstheorie
   量子力学は、多くの天才、秀才たちによって構築されたが、相対性理論は、ほぼアルベルト・アインシュタインひとりによって作り上げられた。アインシュタインの前後には相対性理論につながるいくつかの研究があったが、基本的には、たったひとりの若き天才の論文から始まる。
 相対性理論にも専門書、入門書、解説本が多数あり、一般教養書も非常に多い。
 特殊相対性理論は1905年、一般相対性理論は1915年に発表された。2015年は、一般相対性理論から100周年、まだ残されている課題を解決するための研究が盛んに行われている。次表に、奇跡の年と呼ばれる1905年からのアインシュタインの主な業績を示す。
 

アインシュタインの主な業績

発表年

論文・理論

成果

1905年3月

光量子仮説

光の粒子性を説明。ノーベル物理学賞

1905年5月

分子の大きさを決める手法

学位論文

 

ブラウン運動

分子の存在を証明

1905年6月

特殊相対性理論

加速度のない慣性系に対する電磁気学および力学の新理論

1905年9月

E=mc2

特殊相対性理論の一部。エネルギーと質量の等価

1911〜16年

一般相対性理論

重力理論。加速度のある系での相対論

1917年

アインシュタイン方程式

重力方程式

1925年

ボース=アインシュタイン凝縮

多数のボース粒子が1つの量子状態を占める物質の状態

   
(1)ガリレイ変換
 

 特殊相対性理論のキーワードは、「光速度一定の原理」、「絶対空間、絶対時間の原理の放棄」、「四次元ミンコフスキー空間(時空)」などである。光速度一定の原理によって、いかなる観測者から見ても光の速度は変わらない、というそれまでの常識では考えられない現実、自然の本質が示された。光速度一定の原理のために用いられた数学的「変換」は「ローレンツ変換」であり、古典的な「ガリレイ変換」とは全く異なる性質を持っている。
  ガリレイ変換は、「見たままの変換」と言えるかも知れないが、ローレンツ変換、アインシュタインの特殊相対性理論の前に、古典的でより常識的に見える「ガリレイの相対性理論」、「ガリレイ変換」について復習をしておきたい。

   19世紀以前の古典力学の基本は、サー・アイザック・ニュートン(16431727年、イングランド)が著した「プリンキピア」(1687年)に示されたニュートン力学に遡る。ニュートン力学は17世紀に提唱され、18世紀以降に解析力学によって数学的に洗練され、エネルギーの概念を加えて見直され、19世紀までに完成された物理学の体系である。 ニュートン力学は、20世紀初頭には破綻し現代物理学がこれを書き換えることになったが、その基本には次のような時間と空間の概念がある。
 
  絶対時間: 時間は一様に流れ、これを「持続」と呼ぶ
  絶対空間: 空間は常に均質であり、ゆらがないものである
     
   これはニュートン力学における原理であり、この概念自体は説明したり証明したりできるものではない。この原理に基づいてニュートン力学では、次の3つのニュートンの法則が見出されている。
 
  ニュートンの第一法則: 慣性の法則
    外力が作用していない時、物体は静止または等速運動をする。経験則であり、オリジナルはガリレオ・ガリレイやルネ・デカルトが提唱したもの。
  ニュートンの第二法則: 運動の法則あるいは力の定義
    物体の加速度は力に比例するという法則。物体の運動状態と時間変化を表わす。
  ニュートンの第三法則: 作用反作用の法則
    物体が他の物体に力をおよぼす時、同じ大きさの反対向きの力を他方の物体から受ける。経験則である。
   絶対時間と絶対空間は概念であり原理である。原理は証明することはできないので、正しいか正しくないかは現実の世界で起こる事象との比較によるが、もし不都合が生じたら(原理が破れる事象が発見されると)放棄することになる。
  19世紀末までは、数々の事実が、ニュートンの法則が正しいことを証明して来たため、その前提である絶対空間・絶対時間の原理は破れることなく、科学の世界では、時間と空間は絶対的であり、物理学で取り扱う対象ではないという基本が守られてきた。
 しかし、たとえば、現代の知見では、われわれは、地球の上にいて、地球は回転運動をし、地球は、さらに太陽のまわりを公転運動し、太陽は銀河系の中で運動し、銀河系も宇宙の大規模構造の中で回転運動をしている。古典力学の時代でも、地球が回っていることは分かっていたので、そもそも、慣性の法則は、局所的にしか成立していないことは明白であった。そこで、ニュートン力学では、「結果として慣性の法則が成立している系」を「慣性系(inertial frame of reference)」として定義している。これは、逆に見ると、ニュートンの第一法則は「慣性系が必ず存在する」ということを大前提としており、これを表現する法則ということになる。
   したがって、慣性系は無限に存在し、それぞれの慣性系は「平等同格」である、とするのが、ニュートン力学の考え方である。
    ニュートンの第二法則は、ただ単にニュートンの法則と呼ばれることもあり、非常に簡単な次の式で表わされる。
        
   mは質点の質量、xは質点の座標、tは時間、fは力であり、これを「座標x系の運動方程式」または「ニュートンの運動方程式」と呼ぶ。(ただし、この現代の微分の表記法は、ニュートンが先取権を争って激しく攻撃したライプニッツの記法でありニュートンが提示したものではない)
   この式は、物体の運動の時間変化と力の関係を示しているが、距離(空間)も時間も絶対的なものであるという前提があり、速度が定義され、力が定式化されている。
  なお、ニュートンは、第二法則をプリンキピアに示した(1687年)が、これを上式のような方程式として明示したのは、レオンハルト・オイラーである(1749年)。高校物理の教科書では、上記の座標の二階微分を加速度(α)と呼んで説明することも多い。
   ニュートン力学では、慣性系は無数に存在し、異なる慣性系でもこの運動方程式を記述することができると考える。その時の変換をガリレイ変換(Galilean transformation)と呼ぶ。
  ガリレイ変換は、ニュートンの運動方程式を「不変に保つ」ので、ガリレイ変換の前後でニュートン力学の法則は不変となる。ニュートン力学における慣性系をガリレイ系とも呼ぶ。
 
 なお、ガリレオ・ガリレイ(1564年〜1642年、イタリア)のような偉人は、姓ではなく名前の方で呼ばれることも多く、日本では名前の方の「ガリレオ」がよく知られており、ガリレオ・ガリレイとフルに読むかあるいはガリレオと名前で呼ばれることが多い。
 ガリレオ・ガリレイ以外にも、西洋人にはファミリーネーム以外の名前、ファーストネームやセカンドネームの方がよく知られている偉人・有名人がいる。ミケランジェロ・ブオナローティ、フェーリクス・メンデルスゾーン・バルトルディ、ダンテ・アリギエーリ、ラファエロ・サンティ、アイルトン・セナ・ダ・シルバ、など。大衆に人気のあった偉人・有名人に多くみられる。
  ガリレオ・ガリレイの場合は、父ヴィンチェンツォ・ガリレイと弟ミケランジェロ・ガリレイも有名人であること、イタリアでは偉大な人物を親しみを込めてファースト・ネームで呼ぶ習慣があることから「ガリレオ」の方がよく通じる。この変換は、ガリレオ変換ではなく「ガリレイ変換」と呼ばれるが、もちろんガリレオ・ガリレイに因むものである。
 
 図に示すような x方向に速度 vで動いている慣性系を、から)へガリレイ変換すると、座標x' に対して、 とすればよいことが分かる。
 物理学では、いずれの座標系でも「同じ物理法則が成り立つ」という概念が重要であり、「物理学の法則は同格であるどのような座標系で記述しても同じでなければならない」という考えを「相対性原理」と呼び、上式のようなガリレイ変換によって法則が不変である関係を「ガリレイの相対性理論」あるいは「ガリレイの相対性原理」と呼ぶ。
 
 物理学の法則は、ある特定の場所と時間だけで成立するのでは、法則として意味がなく、役にも立たない。あるところで見出された法則が別の場所でも使うことができるためには、何からの変換が必要であるが、多くの物理法則が、ガリレイ変換に対する不変性を持っていると考えられていたため、ガリレイ変換は多くの分野で使うことができる。
 具体的には、現代物理学の範囲を示した図(第58回)の左半分で、ガリレイ変換は成立する。古典力学、古典化学、様々な応用科学(工学)分野(機械工学、化学工学、流体力学)。農学、生物学などの実学分野の広い範囲でガリレイ変換が可能である。図の古典力学以外の3つの領域は、20世紀以降に研究が進んだ「現代物理学」と呼ばれる部分であるが、左側の2つの領域、古典力学と量子力学は、ガリレイ変換が可能な「非相対論的」分野とされ、ガリレイ変換可能な世界ということになる。
 時間や空間(真空)、素粒子などを扱う科学の領域ではガリレイ変換は使えないが、実学分野でも、たとえば、電磁波を取り扱う工学系、電子工学、材料工学、宇宙工学、核医学、原子力工学など「相対論的」取扱いが必要な分野も少なくない。
 ガリレイ変換の例、化学工学における「系」と観測
    深冷空気分離装置などの一般的な化学工学が取り扱う系では、ガリレイ変換が可能である。
  蒸留塔の棚段が100段以上あっても、その各段で起こっている物理現象は全て同格の慣性系で起こっているとみなすことができる。全ての段で、同じ法則が成り立ち、同じ式で記述することができる。
 身近な様々な力学の問題を解く時に、地球や太陽が動いていることを考慮せず、無視することが多い。深冷空気分離装置を設計する時にも、地球の回転運動や太陽系の運動を考慮することはないが、これは、地球の運動とは無関係の慣性系がいくらでも存在するということが暗黙のうちに了解されているためである。
  深冷空気分離装置の中で起こる現象は、ガリレイ変換が可能で、それぞれ局所的な「系」の中で、同じ法則に基づいて同じ現象が起こっている。蒸留塔や熱交換器の中でおこる力学的な記述は、どこでも同じである。蒸留塔の塔頂部で起こっている現象と塔底部で起こっている現象は、基本的に同じものであり、物理法則は全く同じものが適用されるということである。本当に厳密に言えば、地球表面の場所(緯度、経度、高度)によって重力場が異なり、時間の進み方も異なる、蒸留塔の中でも全てが同じ条件という訳ではない。しかしこれらの効果は極めて小さく、たとえば気圧の変動などに比べると完全に無視できるほど小さい。
  「全く同格の系が無数に存在する」と考えることができるということである。
 
   ただし、われわれは、深冷空気分離装置の中で起こっている現象を、流体側からではなく、装置の外側からの視点で観測しているということを忘れずに、観測結果(測定結果、実験データ)を取り扱わなければならない。
  特殊相対性理論の場合、「観測者」という概念が非常に重要であり、その記述のためにローレンツ変換が利用されるが、ガリレイ変換が可能な場合でも、観測者の立場が重要であり、観測系を正しく理解しておかなければ、現象の理解を誤り、事象の記述を誤り、設計を間違える可能性がある。
  特に蒸留操作にとって最も重要な「拡散現象」の取扱いでは、観測系の理解が重要である。
   蒸留塔や熱交換器の中では、熱と物質の同時移動現象(simultaneous heat and mass transfer)が起っている。気液平衡を利用した蒸留操作が行われる蒸留塔では、混合物中の濃度差(濃度勾配)によって「拡散移動」が起こる。
  これは、「フィックの法則」(Fick's law)あるいは「フィックの拡散の法則」(Fick's laws of diffusion)と呼ばれる物理法則であり、これは、どのような慣性系に対しても成立する。
 アドルフ・オイゲン・フィック(18291901年、ドイツ)は、医師、生理学者であり、膜を透過する気体の研究からフィックの法則を見出した(1855年)。フィックは、既にジョゼフ・フーリエが見出していた熱伝導に関するフーリエの法則(Furier's law1807年)を参考にして、熱伝導と同じような形式で、拡散現象を濃度勾配とを関連付けた。
   フーリエの法則は次式で示される。
       
   ここでは媒質の熱伝導率、 は熱流束、は距離である。はスカラー場の勾配を表し、1次元では、
       
  と書ける。
   拡散現象の研究から熱伝導と同様の記述が得られ、フィックの法則は次式で示された。
       
   ここで は流体の輸送物性(transport property)のひとつである拡散係数(diffusion coefficient)、 は混合物中の成分Aのモル分率(mole faction)、は流体のモル密度(molar density)、 は拡散流束(diffusion flux)である。
   1次元では、
       
   と書ける。
   拡散流束は、濃度勾配(concentration gradient)あるいは濃度差に比例することが示され、濃度勾配あるいは濃度差は、濃度推進力(concentration driving force)と呼ばれる。熱伝導の方程式と拡散方程式は非常によく似ており、熱流束→拡散流束、温度勾配→濃度勾配の関係にある。ただし移動するものは、前者は「熱」、後者は「物質」である。
   熱伝導の媒質は固体あるいは流体である。流体の場合、流体の移動によって熱が輸送される現象(対流伝熱)と流体の中での温度差によって生じる熱伝導、流体と固体との間の熱輸送(境界面での熱伝達)、温度の違いによって生じる輻射、などが組み合わされて熱輸送(熱伝達)が起こる。
  物質移動は、ほとんどの場合、媒質は流体であり、一般的には、流体そのものが移動する(たとえば配管中をポンプや圧力差による強制対流で流れる)ため、拡散流束は流体の質点座標系(流体の重心系)に対して記述されることが特徴である。流体全体が全く動かず(正味の移動が全くなく)、拡散だけが起こるということはあまりないため、重心は移動し、その重心に対して拡散が記述できる。
 しかし、通常、観測者(実験者、装置の運転者)は、移動する質点系ではなく、(装置の)外から物質移動を観測している。見たまま(測定したもの)をそのまま記述してもフィックの法則を正しく表現することはできない。移動現象を外から観測し、その結果を、フィックの法則が成り立つ慣性系に変換して記述する必要がある。
 拡散現象と熱と物質の同時移動
 

 気体や液体を「連続体」として取り扱う「流体力学」では、流体の運動の記述に2つの異なる方式がある。古典的なオイラー系(質点系)とラグランジュ系である。オイラー系は観測系の中心を「場」としているのに対して、ラグランジュ系では「流体粒子的」立場をとっているため、現象の記述法に違いが生じる。
  より具体的には、オイラー系の記述では、物理量の微分をという見慣れた普通の微分演算子で表わすが、ラグランジュ系の記述では、という「実質微分(または物質微分 material derivative)」で表わす。実質微分は、ガリレイ変換に対して不変である。(実質微分には様々な名称が存在するので注意が必要である。たとえば、convective derivative、substantial derivative、Lagrangian derivative、total derivativeなど)

   蒸留塔の中で起こる移動現象は、拡散の寄与が大きく、流体力学におけるラグランジュ系と同じような視点で現象を記述する必要がある。蒸留塔内の気液の界面では混合物の気液平衡によって、各成分の濃度が大きく変化し、主流と界面との間に拡散移動が起こるが、同時に顕熱輸送や潜熱交換に伴う対流(気液界面に対して垂直成分の物質の流れ)が生じるため、物質移動と拡散移動を厳密に分けて考える必要がある。
  混合物の流体は、その重心の移動に伴って拡散現象を観測した時に、はじめてフィックの法則が普通の形式で示されるので、観測者は「物質移動流束と拡散移動流束を混同しないように注意」して測定結果を取り扱わなければならない、ということである。
 拡散現象を見る視点
   深冷空気分離装置のような低温の装置では、外から観測した実験結果(現象)を変換せずにそのまま評価すると、物質移動を過大評価してしまい、実験装置から得られるデータそのままで設計された商業装置は性能不足に陥りやすい。低温の蒸留実験では、装置の温度に対して周囲の環境の温度が非常に高いため、外から装置の中へ向かって非常に大きな侵入熱(侵入熱負荷、heat-in-leak)がある。実験装置の設計は、高い断熱性能が得られるように配慮されるが、それでも侵入熱をゼロにすることはできず、実験装置は商業装置に比べると、サイズが小さいため、その影響を大きく受けやすい。蒸留塔は、常に外から加熱されているため、内部の液体はその熱で蒸発し、蒸留塔内では上昇ガスが増加し、蒸留塔内の気液の流量が増加し、物質移動、物質収支の測定結果に影響している。
  したがって、侵入熱が大きい時の実験データは、侵入熱が小さい時よりも、物質移動流束が大きくなっている。蒸留塔の塔頂部では蒸気を液化して還流液を戻すための凝縮器があり、この侵入熱の分の余分な仕事をして外部からの侵入熱は補償されている(そうでなければ蒸留塔の圧力が上昇を続けることになる)。実験装置における凝縮器の負荷は精密に測定されている訳ではなく、装置が安定するように冷媒が供給されているため、そのままのデータを評価すると、蒸留塔における分離性能・物質移動は過大に評価されることになる。
   室温よりも高い温度で行われる蒸留実験では、外部への熱の漏洩(heat loss)によって壁面で蒸気の凝縮が起こるため、系の温度保持のための余分な加熱が必要となるが、低い温度で行われる空気分離の蒸留実験の場合は、熱が外から中に侵入し、液体が蒸発して上昇ガスが増えるため、余分な冷却を必要とし、塔頂部や塔底部で測定される物質移動の量はその分だけ大きくなっている。(低温機器の場合は、高温の機器のように熱が外に逃げるヒートロスではなく、熱が外から入ってくるヒートリークであるが、習慣として同じ言葉、ヒートロスという用語を用いることが多い)
   蒸留装置における普遍的な現象(法則)は、みかけの物質移動流束ではなく濃度勾配に対する拡散流束であるから、測定された物質移動流束から拡散流束を分離して評価しなければ、実験を正しく記述していないことになる。ところが、研究論文の中には、物質移動と拡散移動を混同して評価しているものが多く、特に、熱伝達におけるヌセルト数と物質移動におけるシャーウッド数の間に相似則があるように勘違いしている論文をよくみかける。
  伝熱におけるヌセルト数に対応するのは物質移動の示すシャーウッド数ではなく拡散流束に対する無次元数でなければならないはずであるが、物質移動流束だけを見出し、拡散流束を正しく見積もるようには設計されていない実験装置や実験計画をよく見かける。 たとえば、混合物の蒸発潜熱の関係から塔頂部へ向かって徐々に流量が増える蒸留塔が多く、物質移動流束と拡散流束を区別して(分離して)取り扱うためには、少なくとも塔頂部と塔底部の流量を正確に測っていなければならないが、蒸留塔の流量を変化をわずかなものと考えて流量を厳密に測定していない実験の報告が比較的多い。
 
 蒸留塔における「熱と物質の同時移動現象」において、物質移動流束から拡散流束を分離して評価する方法や理論については、浅野康一(東京工業大学名誉教授)らの論文や浅野先生の教科書に詳しい。浅野康一著「物質移動の基礎と応用」−Fickの法則から多成分蒸留まで―、丸善(株)、2004年」が参考になる。
 われわれが、日常取り扱う技術の多くは、ガリレイ変換が使用でき、蒸留塔における移動現象もラグランジュ系の視点で正しく記述することができる。しかしこのような簡単な変換であっても、うっかりすると実験結果をオイラー系の立場で(観測したまま)評価してしまうことがある。
  アインシュタインの特殊相対性理論は、多くの物理法則がガリレイ変換できないこと、慣性系の記述は観測者によって異なることを示している。しかし、蒸留塔のようにガイレイ変換が可能な系であっても、観測者の立場を間違えると物理現象の本質(普遍的な法則)と、たまたまその実験の条件に限って得られた結果を取り違えてしまい、誤った設計を行ってしまうということになる。実験者は観測者の立場に十分な注意が必要である。
  蒸留塔における熱と物質の同時移動とその具体的な取扱い手法については別の機会に書きたいと思う(→「ガスの化学工学」)。