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第58回 現代物理学と量子論

 2018/04/15


量子論・はじめに
 ここまでの話で、ガスを取り扱う基礎の科学は十分のように思える。ところが、20世紀後半から21世紀にかけて、産業ガスのビジネスは大きく広がり、ガスを安定供給するだけでなく、機器やノウハウを含めたトータル・ガス・ソリューションを提供するように変わってきた。ガスビジネスの範囲は、20世紀前半にはなかったビジネス領域に広がり、電子機器を扱う産業(半導体材料)、超低温(機器・ガス)、安定同位体(供給と応用技術)、燃焼技術や雰囲気ガス(供給と技術提供)など、様々な分野の産業ガス顧客が現われた。
 ガス屋としては、顧客にガスを安定供給するだけでなく、それを利用する技術と新分野への知見や理解も求められるようになってきた。たとえば、半導体材料ガスを供給する時に、半導体そのものや製造プロセスについて全く知らなくてもよいということにはならない。超低温の機器を納入する時に超低温の科学を知らなくてもよいということもなく、また、安定同位体製品を製造する時に同位体や周辺技術に対する知見がなくてもよいということにはならない。20世紀初頭に始まったガスビジネスは、そのルーツは17世紀の科学革命におけるガスの科学に遡るものの、その技術の基礎は、19世紀後半からの熱力学と20世紀「現代物理学」にある。ガスビジネスは、現代物理学から切り離して考えることができない産業のひとつである。
  ここからは、「現代物理学」について少し整理をしたい。
  20世紀に現われた物理学の3大理論は、「量子論(量子力学)」「相対論(特殊相対性理論と一般相対性理論)」「超ひも理論」である。超ひも理論は理論物理学の世界の話であってガスの顧客である実験物理学からも少し遠いため、ガス屋に直接関係するのは量子論と相対論の二つである。
 現代物理学と量子論
   量子力学は、20世紀最大の科学の成果であり、それまでの古典物理学を根底から変えた。
17世紀の欧州では、ニコラウス・コペルニクスやヨハネス・ケプラーらによる科学革命があり、18世紀には、ガスの科学や物質の科学が大きく進展し、18世紀後半には英国発の大きな技術革新、(第一次)産業革命が起こった。 19世紀中盤には、米国やドイツ、フランスの工業化が進み、第二次産業革命が起こった。そして19世紀最後の年の最後の月にドイツのマックス・プランクによって生み出された量子力学は、それまでにない大きなパラダイムシフトをもたらし、20世紀は科学の世紀と呼ばれるようになった。量子力学は、人々のものの見方を根底から変えさせ、科学の原理の変更すら迫るものとなった。
 「量子力学(quantum mechanics)」は、「量子物理学(quantum physics)」あるいは「量子論(quantum theory)」と呼ばれることもある。量子論は、歴史的には量子力学から始まり、その後、量子力学を含む大きな枠組みとなり、現在量子論は、大きくは、二つの理論、「量子力学」と「量子場理論(quantum field theory,QFT)」に分けられている。量子論を少し細かく分類すると、量子電磁力学、量子色力学、量子化学、固体物理、低温物理などの研究領域があり、電子工学や応用物理などの応用分野がある。
 量子論(量子力学)と相対性理論(相対論)以後の物理学は「現代物理学(modern physics)」と呼ばれるようになり、それ以前の物理学は「古典物理学(classical physics)」と呼ばれるようになった。
 
 図に古典物理学(古典力学)と現代物理学の領域分けの概念を示す。横軸はスピード(速度)、縦軸は大きさ(サイズ)であり、スピードが遅く、サイズが大きい範囲が19世紀までの古典力学と位置づけられる。(スピードが光速度3×108m/sより遅く、サイズが10-9mより大きい図の左上の領域)
    スピードが速くなると「相対論」の領域、サイズが小さくなると「量子力学」の世界となり、スピードが速くサイズが小さい領域は「量子場の理論」の世界である。図の左下の「量子力学」の領域は、「非相対論的量子論」あるいは「古典的量子力学」とも呼ばれ、通常の化学はこの領域に含まれる。
  図の右下は、電場、磁場、真空などを取り扱う「量子場の理論」、「場の量子論」となり、古典的量子力学は量子場の理論の一部(近似)を構成する。「古典力学」の領域以外の3つの領域が、「現代物理学」(20世紀の科学)の領域である。
 どのくらい速くなると相対論(相対論的取り扱いが必要)となるのか、どのくらい小さくなると量子論となるのか(量子効果が現れるのか)、というきちんとした線引きはないが、大まかにいって、遅くて大きいものは「古典力学」による近似が可能であり、古典力学と量子力学の境界は、およそ10-9mとされている(→「中くらいの階層(メゾスコピック)」)。
 現代物理学は、物理学、化学、生物学など様々な自然科学に大きな影響を与え、20世紀以降の文明と産業は、現代物理学の進展を抜きに語ることはできない。特に産業ガスの技術は、現代物理学の成果から生まれ、逆にそこから生まれた技術や商材が、現代物理学の発展に大きく寄与してきた。現代物理学とガス屋の仕事は、切っても切れない密接な関係にある。
  数々の天才たちが成し遂げた現代物理学の全てを学び理解することは不可能であるが、産業ガスビジネスの継続・発展のためには、その歴史と概要を知り、少しでも理解を深めておくことが重要である。
 量子論の大まかな体系
   1900年に始まる量子力学は、1925年頃に、ほぼ確立した。
 量子力学に代表される量子論は、その後も、20世紀中盤にかけて、量子化学、量子電磁気学、量子色力学など様々な広がりをみせた。量子論は、自然科学における微視的記述から始まったが、その考え方や手法は、巨視的な記述や情報処理、さらには、自然科学以外の分野にまで利用されるようになっていった。
 次の表に、量子論の体系を大まかに列挙する。(分類法、並べ方は様々であり、これは一例である)
 
量子論の大まかな体系

分野の名称

英語表記

主な人物、キーワードなど

@量子物理学

quantum physics

 

●場の量子論 QFT

quantum field theory

ディラック、ハイゼンベルク、パウリ

 

◎量子力学QM

quantum mechanics

マックス・プランク、ヴェルナー・ハイゼンベルク、ヴォルフガング・パウリ
「場の量子論」の低エネルギー状態近似

 

 

◎量子電磁力学QED

quantum electrodynamics

ディラック、南部陽一郎、ファインマン、朝永振一郎、荷電粒子間の電磁相互作用を量子論的に記述する場の量子論

 

 

◎量子色力学QCD

quantum chromodynamics

南部陽一郎、ゲルマン他
強い相互作用を記述する場の量子論

 

●量子力学の数学

 

 

 

 

◎量子力学の数学的基礎

mathematical formulation of quantum mechanics

ノイマン、量子力学で扱う物理量や状態の概念の基礎となる数学

 

 

◎量子群

quantum group

物性物理学、量子的場の理論、弦理論などに応用される代数

 

●量子統計力学

quantum statistical mechanics

アインシュタイン、ボース他
量子力学的な系を扱う統計力学の手法

 

●核物理

nuclear physics

ラザフォード

 

 

◎ハドロン物理学

hadron physics

ハドロンの性質をQCDを用いて解析

 

 

◎核分裂反応

nuclear fission

マイトナー、原子力工学

 

 

◎核融合反応

nuclear fusion reaction

コッククロフト、サハロフ

 

 

◎放射線医学

radiology

 

 

 

 

○核医学

nuclear medicine

診断学、核医学検査

 

 

 

○放射線診断学

diagnostic radiology

X-線、XCT、MRI、SPECT、PET

 

 

 

○放射線治療学

radiation oncology

サイバーナイフ治療

 

●素粒子物理学

particle physics

坂田昌一、湯川秀樹、ヒッグス、その他多数、最も基本的な構成要素を研究

 

 

◎高エネルギー物理学

 

CERN、KEK

 

 

◎ニュートリノ天文学

neutrino astronomy

小柴昌俊

 

 

◎加速器工学

particle accelerator

 

 

 

◎放射光

synchrotron radiation

シンクロトロン放射、X線分光、SPing8

 

●物性物理学

condensed matter physics

物質の巨視的性質を微視的な観点から研究
凝縮系の物理学

 

 

◎量子エレクトロニクス

quantum electronics

電子と光子の振る舞いを研究

 

 

◎電子工学

electronics

電子の動きを制御・利用する科学と技術

 

 

◎固体物理学

solid state physics

 

 

 

 

○表面科学

surface science

ラングミュア

 

 

 

○ソフトマター物理学

soft matter

ジル・ド・ジェンヌ、伝統的な物性物理学と化学、生物学との境界領域

 

 

 

○高分子物理学

polymer physics

ポリマー統計性あるいは高分子の電子系の物性物理。導電性高分子、ポリアセチレン

 

 

 

○高分子化学

polymer chemistry

分子量が1万を超える無機・有機化合物

 

 

◎低温物理

cryogenics

カピッツァ、オネス

 

 

◎良導体、半導体、絶縁体

 

 

 

 

 

○半導体

semiconductor

固体のバンド理論

 

 

◎結晶、アモルファス

 

 

 

 

◎スピントロニクス

spintronics

固体中の電子の電荷とスピンの両方を利用

 

 

◎量子光学

quantum optics

光と物質の相互作用を研究

 

●量子重力理論

quantum gravity theory

ホーキング、ペンローズ

 

●超弦理論

superstring theory

南部陽一郎、グロス

A物理化学 physical chemistry

物理学的手法を用いて研究する化学
量子力学、熱力学、統計力学などを用いる

 

●量子化学

quantum chemistry

原子と電子の振舞いを量子力学で取り扱う。アルゴンやヘリウムのような希ガスの分子間力を説明
フリッツ・ロンドン、ポーリング

  ●計算化学 computational chemistry レナード=ジョーンズ
  ●放射化学 radiochemistry マリ・キュリー、ピエール・キュリー
B分子生物学 molecular biology

 

  ●生物物理学 biophysics 生命を物理学と物理化学で理解
       
    ◎量子生物学 quantum biology 量子力学の言葉で生命現象を記述
  ●分子遺伝学 molecular genetics 塩基配列から生物の進化を議論、あるいは遺伝現象の仕組みを分子のレベルで理解
  ●量子脳力学 quantum mind 脳のマクロスケールでの振舞いまたは意識、量子意識、ペンローズ他
C量子工学 quantum engineering

 

  ●量子情報科学 quantum information science  
    ◎量子コンピュータ quantum computer ファインマン
    ◎量子暗号 quantum cryptography  
    ◎量子テレポーテーション quantum teleportation 量子もつれを用いた情報伝達方法
D社会科学    
  ●経済物理学 econophysics 量子物理学と経済学
    ◎量子ファイナンス quantum finance  
  ●量子データフュージョン quantum data fusion ブランド、経営戦略
Eその他、学際、工学    
  ●離散信号 discrete signal デジタル制御、離散フーリエ変換
    ◎情報処理   データのデジタル化
    ◎音響信号処理   音声分析、音声認識、デジタル化
    ◎データマイニング data mining、DM KDD(knowledge-discovery in databases)
    ◎ビッグデータ big data  
  ●人工知能、AI artificial intelligence  
  ●色の量子化 colour quantization  
 量子論のおおまかな歴史
   19世紀末の古典力学や統計力学から本格的に量子力学の構築が始まる1920年代中頃までの量子力学を、「前期量子論(old quantum theory)」と呼ぶ。
 前期量子論に大きな影響を与えたのは、それ以前の古典的な物理学であり、ジェームズ・マクスウェル(古典電磁気学を確立)、マイケル・ファラデー(電気化学)、ハインリヒ・ヘルツ(電磁波)、カール・ガウス(電磁気)などの19世紀の科学である。
 これらの古典物理学は、19世紀末には、ほぼ完成の域に達しており、物理学にはもう新たな課題がないと思われていた。しかし、科学の進歩に伴って、電磁気学や物質の研究領域を中心に、大きな未解決問題が現れるようになり、それが現代物理学を生むきっかけとなった。
前期量子論は、大きく3つに分けられる。
 

第1期:「エネルギーと光は、とびとびの量を持つ」

量子力学は、量子の生みの親プランクの「エネルギー量子仮説」から始まり、相対性理論の生みの親アインシュタインの「光量子仮説」が続いた。

第2期:「電子もとびとびの量を持つ」

 

ニールス・ボーアが電子を量子化し、原子模型を完成させた。軌道電子が原子核に「墜落」しないのは、電子が波であるから。量子は波として存在し粒子として観測される。

第3期:「ミクロスコピックな階層の物質は、波である」

 

ド・ブロイは、電子を波としてとらえた(物質波)。
波を記述するためにシュレーディンガーが波動力学を、ハイゼンベルクが行列力学を構築した。

 量子論のあらまし
   プランクのエネルギー量子仮説の5年後に出されたアインシュタインの光量子仮説は、長い間、波だと思われていた光が、粒子としても振る舞うことを説明し、その後の量子力学の発展に大きな影響を与えた。光は波であるという事実と、光は粒子であるというもうひとつの事実は、光が光量子という量子であるという真実によって説明され、17世紀から続く、光の波動説、光の粒子説という科学の難問に結論を与えた。
    アインシュタインは、初期の量子力学に多大な貢献をしたが、後にボーアらとの間に基本的な見解の違いが生じ、大きな論争となった。アインシュタインは、相対性理論をライフワークとし、基本的には量子論の概念を嫌っていたが、ノーベル物理学賞の受賞理由は、量子論における貢献(光電効果など)である。
   第2期では、ボーアが電子を量子化することによって、原子模型を完成させた。
 第3期では、シュレーディンガー方程式によって、分子を構成する軌道電子が記述されるようになり、量子力学は、物理学だけでなく化学の分野においても必須の科学となった。
量子力学は、プランク、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、アインシュタイン、ラザフォード、ボーア、パウリといった数々の天才たちの手によって発展し、シュレーディンガーの波動方程式(1927年)でほぼ完成された(前期量子論)。
    20世紀初頭は、ドミトリ・メンデレーエフが元素の周期表(1865年)を発表して、既に50年近くが経過していたが、まだ、周期表は空欄だらけであり、アルゴンやヘリウムのような希ガスがやっと発見され始めた時代である。
  空気の液化技術や鉱物の調査によって新たな元素が発見され、次第に周期表が埋まり、元素を構成する原子やその原子の構造について様々な研究が行われるようになっていったが、この時代の発見や新理論は、古典物理学と現代物理学の狭間に現れたため、にわかには信じることが難しく、多くの議論が巻き起こった。
 しかし、それまでの古典的な考えでは、説明ができなかった多くの事象が、量子力学によって次々と解決されていったため、人々は次第に量子力学を信じるようになっていった。
 17世紀、ボイルらが切り拓いた新たな学問、化学によって、それまで錬金術やスコラ哲学では解明が困難であった事象が明らかにされた。19世紀には物理学大きく発展し、熱力学や流体力学、電磁気学などの学問が実学にも応用されていった。そして、20世紀初頭、現代物理学、量子力学という新しい科学によって古典物理学では説明できなかったことが明らかにされていった。
   この時代、量子力学や相対論では、極めて重要な原理がいくつか見出された。科学や物理の「原理」は、証明することができない最上位に位置づけられる「出発点」であり、新たな原理は百年に1度も現われないほどのものである。しかし、20世紀初頭は、不確定性原理、排他原理、光速度不変の原理など、自然の本質を示す新たな原理がいくつも見出され、科学の大前提が書き換えられた。エネルギー保存則、質量とエネルギーの等価、熱力学の第二法則など、今では当たり前と思われている重要な法則もこの時代に確立された。
 量子論と相対論、新たな量子論の時代
   ほぼ最初の四半世紀に、前期量子論は定式化され、ほぼ同じ時期に確立されたアインシュタインの相対性理論と合わせて、これが現代物理学の基礎理論となった。
 しかし、前期量子論の完成形であり、電子を波として記述することに成功した「シュレーディンガー方程式」は、非相対論的量子力学である(上の図の左下の領域)。時代は、電磁場などの「場」の正しい記述を必要とし、量子力学にも、電磁相互作用(特殊相対性理論)が組み込まれることが要請された。
 しかし、量子論は非常に小さな階層を記述し、相対論は主に地球規模や宇宙規模の大きな階層を記述するものであり、量子論と相対論は、基本的には相性がよくない。ポール・ディラックは、ディラック方程式を提案(1928年)、量子力学に特殊相対性理論を組み込んだ相対論的量子力学である「場の量子論」を生み出した。
  波動方程式を過渡期として、それ以降、本格的な量子力学が構築され、後期量子論の時代となった。
   新たな量子論によって、それまでの量子力学は、場の量子論の一部として理解されるようになった。それまで、量子力学の研究を進めてきたのは、主に、光や波、原子や化学の研究者であったが、これ以降、より小さな階層や高エネルギーの現象を取り扱う素粒子物理学や理論物理学の研究者らが研究の中心となっていった。
 1950年代になって、ファインマンや朝永振一郎らによって「量子電磁力学QED」が確立され、1960年代には、南部陽一郎やゲルマンらによって「量子色力学QCD」が作られ、現在の量子論と素粒子研究の基礎ができあがった。
 素粒子物理学というと最新の科学のように思われがちであるが、はじまりは20世紀の中盤、50〜60年も前である。はじめは、一部の天才的な学者しか理解できなかった理論が、20世紀の後半から21世紀の新たな観測技術や実験技術によって実証されるようになり、世界の一般の人々は、やっと、天才たちの古い理論を「最新の理論」として理解できるようになってきている。
  素粒子物理学のノーベル物理学賞の受賞は、南部陽一郎2008年、小林誠、益川敏英2008年、ピーター・ヒッグス2013年、梶田隆章2015年と比較的新しい。しかし、南部陽一郎が、「自発的対称性の破れ」を研究したのは1960年代、小林・益川が「CP対称性の破れ」を理論的に説明し、第三世代のクォークを予言する小林・益川理論が発表したのは1973年である。自発的対称性の破れは、宇宙が存在する理由、物質や生命の起源にせまる理論であるが、歴史的な大発見や革新的な理論が実証され、評価されるには非常に長い時間がかかる。
   
量子(独Quant、英quantum)とは
   量子(Quant、量、クォント)とは、1900年にマックス・プランク(18581947年、ドイツ)が発見・提唱した「物理量の最小単位」であり、古典物理学では考えられなかった不連続な量、とびとびの値を持つ「単位」である。
  英語ではquantum(微小な量、カンタム)という。元は、ラテン語であり、複数形はquanta(カンタ、クアンタ)であり、この関係は、データム(単数、datum)/データ(複数、data)と似ている。
 「データム/データ」の場合、ほとんど日本語訳(資料・情報)は用いられず、情報の性格上、複数形の「データ」が用いられることが多い。一方、「カンタム/カンタ」の場合は、最小単位を表わすため、主に単数形が用いられ、日本語訳(量子)も広く普及している。
   クォントの、日本語訳は、「量子(りょうし)」あるいは「素量(そりょう)」である。素量は、電気素量以外では使われていないため、ほとんど量子が用いられる。量子は、中国語でも同じ文字が用いられるが、この漢字から得られる印象からは量子の実体は見えてこない。
 量子という物質やグループが存在するのではなく、量子の性質が顕著に現れる「状態」や「もの」を量子と呼んでいるので、量子の性質を理解しなければこの言葉は使えない。
   量子は、「エネルギー量子」、「光量子」、「量子数」、「量子効率」、「量子効果」など他の用語と組み合わせて用いられることが多く、あちらこちらに「量子」「量子化」という言葉が溢れるようになった。
 正体不明であるにもかかわらず巷に溢れてかえっている言葉に「エネルギー」がある。エネルギーには、実体・形がなく、取り出してみることができないため、定義や本質の理解は非常に難しい。エネルギーという言葉は、スタミナや活力の源のようなものとして理解されて広く流通している。エネルギーの本質を理解することは難しいが、エネルギーはその形が変化する時の「性質」によって何となく理解されている。
 量子は量子の性質をもつ「もの(物質、波、状態、空間)」である。ものには、光や原子や素粒子(物質粒子)のように物質としての実体がある場合や、物質波や素粒子(相互作用粒子)のように物質としての実体がない場合がある。
   全ての「もの」の根源は素粒子であり、素粒子は量子であるから、これらが持つ量子の性質は、上位の階層に受け継がれているはずである。しかし、大きな階層(10-9mよりも大きい階層)では、量子の性質(量子効果)がほとんど見られず、巨視的量子効果(マクロサイズでの量子効果)が顕著に現われるには条件がある。
  一般的に量子特有の現象・量子効果が観測されるのは、小さな階層、たとえば分子や原子よりも小さな粒子、あるいは量子効果以外の他の効果が小さいとき、たとえば、分子の熱運動が極端に小さな超低温領域、分子の数が極端に少ない超高真空の状態の時などである。量子効果は、極端な環境、基本的には微視的な領域のものであるから、日常的には観測されないが、それが巨視的な領域にも影響を及ぼしているため、量子の利用が行われ、「表-量子論の大まかな体系」に示すような様々な研究領域・工学的応用領域がある。
   量子の階層は、人間の階層から大きく離れている。そのため、量子の性質は人間の常識を超えており、その奇異な性質は理解しがたい。量子論が示している「非常識」に、初めて触れる時、教科書には嘘が書かれていると考えてもおかしくない。量子論を含む現代物理学は、それ以前の古典物理学を完全に否定しているのではなく、古典物理学は現代物理学の一部分であって、部分的には正しいが、本質的には正しくはないということを示しているが、これを受け入れることは容易ではない。直感的に、中学校で習った理科や高校で習った物理が正しい科学であり、量子論や相対論のような現代物理学は魔法の世界に見える。
 17世紀までのスコラ哲学や錬金術は、見えない何かを考える時、思索を巡らすという方法が中心であった。これに対して、ボイルは気体や真空の研究から、実験結果に基づいた科学の理論を構築して化学を作った。顕微鏡や望遠鏡を用いて異なる階層を観測し、科学の方法によって自然を理解しようという流れが出来上がった。
 基本的には、ありのままの自然を観察することから自然の本質を見出し、そこから新たな法則を導くことによって、理解・進歩してきたのが「科学」の歴史である。しかし、20世紀の量子論は、見たままの自然は、実際の自然とは大きく異なっており、自然の本質や真実を全く表わしていないということを明らかにした。
  これは、魔法の世界から科学の世界へ進み、また魔法の世界に戻ってきたというのではなく、科学は新たな段階、まるで魔法のような段階へと進んだということである。それまでの観測方法から得られる情報だけでは、自然を正しく理解することはできず、直感や体感から得られた常識は全くあてにならず、人々が、「ありのままの世界」だと勘違いしていた自然は、本物の自然のごく一部にしか過ぎないことを示した。
 科学の天才達は、理解が難しい事柄を説明する時に、一般人が、少しでも理解し易いようにと、様々な言葉で話しかけてくる。佐藤勝彦博士(1945年〜、東京大学名誉教授)は、次の言葉を引用している。
 
「あり得べからずことを除去していけば、後に残ったことがいかに信じがたいものであっても、それが事実に相違ない(シャーロック・ホームズ)」。
   コナン・ドイルの小説に現れる一節である。
 佐藤勝彦先生は、量子論や相対論を専門とし、最先端の科学である「インフレーション宇宙論」の提唱者のひとりであるが、NHKの科学番組における解説、一般の人向けの量子論・相対論の教養書・解説書の執筆、重力量子論の先駆者Sホーキング博士の解説書の日本語訳など、現代物理学を、一般の人や若い学生が分かりやすい言葉で説明する活動がよく知られている。量子論や相対論の世界は、それまでの多くの常識を覆した摩訶不思議な世界である。どれだけ不思議で理解できないように思われても、間違っていることをどんどん排除していって最後に残った疑いのない「事実」は確かに存在するのだという。量子論や相対論では、信じがたいことであっても事実として受け止めるという、ことが重要であるという。
   自分で見聞したことをそのまま信じ、見えないものや触れられないものは信じることができないという人にとって、量子論の世界の説明は、とても受け入れられそうにない。しかし、人の話をそのまま鵜呑みにして自分では考えない、思考停止に陥るということでは嘘に騙されかねない。量子論は、中世の魔法、錬金術ではなく似非科学でもなく、既に120年近い歴史を持つ20世紀の科学である。これを自分なりに理解していかなければ、電子技術や様々な最先端の技術だけでなく、より基本的な化学反応さえも正しく理解することができない。量子論がなければ現代の科学や文明を読み解くことができないということである。
 19世紀末の先人たちは、熱力学のサイクルを利用して気体を液化するという手法を作り出したが、その仕組みや液化が起こる理由までは説明できていない。アルゴンやヘリウムのような希ガスの液化を説明するためには、20世紀の科学、量子論が必要である。分子や原子、量子の世界は小さな階層にあり、簡単に観測することはできないが、確かに分子は存在し、われわれはそれを商品にしており、分子の世界は量子の世界である。
   産業ガスのビジネスで、ガスの液化や空気分離に直接関わる技術領域(化学工学の分離技術の分野)では、量子力学が直接、数式として現れることはない。しかし、低温のガスや高圧ガスを取り扱うためには、分子、原子の知識、ガスの物性の知見が必要であり、利用式貴学や量子化学が重要となる。ガスの分析や測定、ガスを利用したアプリケーションや電子機材のビジネスシーンでも量子論の知識が必要である。
  ガス屋にとって、量子論は、数学や熱力学と同じくらい重要な基礎科学となっている。