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(1)ジャイアント・インパクト (Giant Impact hypothesis) | |||||||||||
138億年という宇宙の年齢からすると、われわれの太陽は、宇宙が生まれて92億年もたってから生まれた非常に若い恒星系である。太陽の年齢は46億年。ほぼ同じ頃にできた地球の年齢も約46億年である。分子雲コアに形成された、星が自らの核融合で光り始めると、主系列星と呼ばれる恒星が誕生する。その時、回転する分子雲のいたるところにガスやチリが集まって小さな星、微惑星が生まれ、微惑星が衝突合体を繰り返して惑星が形成されていく。地球もそのようにしてできた惑星のひとつであり、多くの書籍で、地球の年齢を太陽の年齢と同じ46億年としている。 ヘイゼンの本のタイトルもそうなっているが、中を読むと、地球が生まれたのは、今から45億6700万年前であり、「地球ゼロ年」は、その後、月が形成された時、45億4200万年前となっている。 現在定説となっている、地球創世記のジャイアント・インパクト説のシナリオでは、46億年よりももう少し後に原始地球が誕生、さらにその後の衝突によって月と現在の地球が掲載された時を地球の誕生、地球元年としている。 |
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地球の唯一の衛星、「月」は最も地球に近い天体であり、地球の歴史に極めて重要な役割を果たしてきた。月の存在を考えずに、地球の誕生や、その後の環境変化、現在やこれからのことを議論することができない。 月の質量は、地球の80分の1もある。太陽系の惑星には、多くの衛星があるが、非常に大きな衛星であっても、親惑星の質量の1000分の1以下というのが普通である。したがって、地球の月は例外的に巨大な衛星であり、地球上からはっきりと肉眼でも観測ができるほど大きい。 自転する惑星には、大きな歳差運動があり、普通は、自転軸は大きく変化する。しかし、現在の地球には、大きな歳差運動がなく、その周期は25800年と長い。巨大な衛星、月のおかげで、地球はぐらつかずに回転している。地球の自転は安定しているため、極端に大きな気候変動がない。 |
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大昔から月の創世の謎を探る研究が行われきた。最も長く支持されてきた有望な説は、ジョージ・ハワード・ダーウィン(1845〜1912年、イングランド)が提唱した、月は地球から分かれたという「分裂説」(1898年)であった(ダーウィンは、進化生物学で有名なチャールズ・ダーウィンの息子である)。ダーウィンの分裂説の他にも、同時に星間物質から作られたという兄弟星説、別の場所にあった月が偶然接近してきたという地球捕獲説などもあったが、いずれも月と地球の力学的関係や、物質の性質を矛盾なく説明することができなかった。 しかし、近年、様々な観測データとコンピュータ・シミュレーションによる高度な科学的研究が行われるようになり、分裂説、捕獲説などは否定され、「ジャイアント・インパクト説(giant impact theory、大衝突説)」が最も有力な月の成因説となっている。 |
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最初のジャイアント・インパクト説は1946年に発表されたが、あまり注目されることがなかった。1960年代末に有人宇宙船アポロ(米国)や無人探査機ルナ(ソ連)が持ち帰った月の石の分析が大きな決め手になって1975年にジャイアント・インパクト説が再提唱された。これは「月の石の証言」と呼ばれ、鉱物の科学的分析、特に酸素同位体や軽元素の分析から、月の起源の研究が進んだ。月の石の証言だけでなく、アポロ計画によって急速に発達したコンピュータ技術によって、詳細なシミュレーションが可能となり、ジャイアント・インパクト説は最も有力な学説として広く支持されるようになった。 | |||||||||||
しかし、ジャイアント・インパクトのシミュレーションは、非常に難しく、簡単にはその後の結果、すなわち現在の地球と月の関係を正確に説明することができなかった。研究が進むなかで、非常に詳細な初期値を与えると、驚くほど正確に現在を説明できることがわかってきた。 | |||||||||||
地球とテイアのジャイアント・インパクト (Theia Impact) | |||||||||||
ジャイアント・インパクト説のシミュレーションの解から、次のような地球創世記が描かれている。 | |||||||||||
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テイアは、太陽と地球のラグランジュ点にあった地球のトロヤ群(Earth
Trojan、地球に付随する小惑星)のひとつであった。テイアは衝突、合体によって、次第に大きくなり、現在の火星と同じくらいの大きな質量(原始地球の40%もの質量)となったため、軌道が乱れて原始地球と衝突した。 原始地球とテイアの衝突は、中心をそれ、テイアは地球の横をかすめるように非常に浅い角度で地球と接触し、蒸発して消滅した。現在、テイアの痕跡はどこにもなく、テイアはシミュレーションにおける「仮想の天体」である。 |
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テイアの消滅後、地球のすぐ近くに現れた月は壊れずに残った | |||||||||||
ジャイアント・インパクトの結果、テイアは消滅、原始地球はより大きな惑星となった。テイアの中心核は原始地球に沈み、地球は大きな鉄のコアを持つようになった。破壊されたテイアの破片と地球の大量のマントルは、宇宙空間へ飛散し消滅したが、テイアの残骸と地球のマントルが溶けて混ざりあい、地球の周辺には、新たな凝集が起こり、月が形成された。 天体には、ロッシュ限界という距離があり、ロッシュ限界よりもも近いところにある天体は、相手の天体の潮汐力によって引きちぎられ破壊される。彗星や小惑星が太陽系内の惑星に接近しすぎて、惑星の大きな重力によって潮汐分裂する現象が観測されている。地球のロッシュ限界は、1万8000km、地球の表面からは1万1000kmの距離であり、それより低い高度にある天体は、地球の潮汐力によって破壊されてしまう。しかし、ジャイアント・インパクトの後に現れた天体(月)と地球との距離は24000km、月は、地球のロッシュ限界よりもわずかに外側に形成されたため、分裂せずにそのまま残った。 もし月が形成された位置がもっと地球に近ければ、月は、地球の潮汐力によってばらばらになり、もっと小さな星が残ったのかも知れないが、月は破壊・分裂されることなく、その巨大な大きさのまま衛星として残った。 なお、ロッシュ限界とは、重力だけで形成されている天体(液体または剛体が自重で固まっている天体)に働く潮汐力による破壊に関するものであり、人工衛星や宇宙ステーションのような物体は、溶接、接着、接合などで形が保たれているため、地球に近い低高度にあっても潮汐力で破壊されることはない。SF映画などでは、地球に接近する微小天体がロッシュ限界内に入って潮汐力でばらばらになり、その破片が、大気中で燃えて流れ星のようになって降り注ぐシーンが描写されることがある。天体の持つ潮汐力は力は非常に大きく、現在の距離でも地球の潮汐力は月を変形させており、月の潮汐力は地球を変形させ海水面も膨張している。 |
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原始地球とテイアとのジャイアント・インパクトの結果生まれた二つの天体、地球(earth)と月(moon)の距離は、わずか24000km。地球の直径のわずか2倍ほどの距離にできた月の光景を地上から見ることができれば、とてつもなく大きな星が見えたはずである。しかし、その時、地球はマグマオーシヤンと呼ばれる、どろどろに溶けた表面を持つ星であり、地殻も海も現れておらず、生物も現われていないので巨大な月を見上げた生き物はいない。 | |||||||||||
現在の地球と月、これからの地球と月 | |||||||||||
テイアの痕跡は全く残っていないにも関わらず、このような詳細なシナリオが示されているのは、コンピュータ・シミュレーションによる、この解のみが、現在の地球と月の関係を非常によく説明しているからである。 現在の月は、地球から38万km離れている。地球と月の力学的なメカニズムは次のように説明される。 惑星の公転軌道と公転速度はほとんど変わることがない。創世記の多くの惑星が太陽に落下していくか、あるいは太陽系から飛び出してしまうかのいずれかであり、軌道上に残った惑星はあまり大きく軌道を変えることがない。最新の研究から、惑星間で軌道が入れ替わることがあるらしいということが分かってきたが、地球に関しては創世記より軌道が変わっていないようであり、地球の公転軌道・速度、すなわち「1年」に要する時間は、ほとんど変わっていないことになる。 一方、創世記の地球と月の様子を計算すると、地球の自転速度は1回転に5時間、1年に地球は1750回転するので、1年(地球が太陽に対して1周公転する日数)は1750日(1日は5時間)である。月の公転速度は1回転に84時間(1ヶ月は84時間)となる。現在の地球の自転速度は、24時間、1年は365日、1ヶ月は29日であるから、創世記の地球は非常に高速で自転し、月の公転速度も非常に高速であったということになる。 地球の自転速度は、月の公転速度よりも大きく(1日の方が1ヵ月より短い)、月は地球の潮汐力によって加速され、地球と月の角運動量が保存され、月の公転エネルギーと地球の自転エネルギーの総和が保存される。太陽と惑星の関係を表すケプラーの法則は、惑星である地球とその衛星である月の関係にもあてはめることができるが、それによれば、現在の月の位置はまだ定位置ではないことが分かる。その結果、地球と月の距離はこれからも次第に離れていく(これに対して、太陽と地球の位置関係はほぼこのまま変わらない)。 |
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地球も、月からの潮汐力を受けるため、次第にその自転速度が遅くなっていっている。月が誕生してから45億年間、この潮汐破壊というメカニズムが続いており、月は次第に遠ざかり、地球の自転は徐々に遅くなっている。現在も地球の自転速度は月の公転速度よりも大きいため、この関係は変わらず、この変化はこれからも続くため、1日の時間(自転速度)、1年の日数(1年間の回転数)、1ヶ月の日数(月の公転速度)は変わっていく。 地球と月の距離が、今も離れ続けていることを直接測定するために、アポロ15号(米国)とルナ17号(ソ連)が月面上に設置したレーザー反射鏡を用いた精密測定が1970年代から行われている。米国やフランスの天文台などが強力なレーザー光線を用いて地球と月の距離を測定しており、現在、月は平均38万kmの位置にあり、月面は、27日周期で10cmほど変形、平均して3.8cm/年の速度で遠ざかっていることが観測されている(月の軌道は楕円軌道なので、地球と月の距離は一定ではないが、その平均値は毎年3.8cmずつ広がっている)。日本では、海上保安庁の下里水路観測所(和歌山県那智勝浦町下里)が潮汐力の観測のために、月面の距離観測を行っている。 なお、人類が月面着陸したというのは米国の捏造であるという「アポロ計画陰謀論」というものがあり、このレーザー反射鏡(コーナーキューブ)もしばしば議論の的になっている。NASA当局が科学的な反論を行っているが、21世紀になって日本の「かぐや」など高精度の機器を搭載する探査機が、月面のアポロ着陸地点の詳細な撮影に成功している。 |
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地球には、潮汐を記録するリズマイト(縞状堆積物)という鉱物があり、その地質調査結果から月が離れる速度が推定されていたが、潮汐リズマイトの測定結果は、レーザー反射鏡による測定結果ともよく一致している。さらに、4億年前の古代の珊瑚の化石からは、当時の地球の1年は400日以上であったことが推定されており、このような結果からも地球の自転が次第に遅くなっていることが確認されている。 図に示すように、地球(原始地球)の形成は、地球歴では「紀元前」となり、現在の地球の、「地球歴ゼロ年」は、ジャイアント・インパクトによって月が形成された時となっている。基本的には同じ天体であるが、月ができるまでが「原始地球」、それ以降が「地球」と呼ばれている。 ジャイアント・インパクト(説)という用語は、元は、地球と月の形成理論に用いられたが、現在は、太陽系の他の惑星についても、この同じ用語が用いられるようになっている。たとえば、金星は、公転方向と逆方向に自転しており、天王星は自転軸が横転しているが、この状態は、それぞれの惑星に起こったジャイアント・インパクトによって説明されている。 惑星の形成時、同じ軌道上には多くの微惑星が存在するため、時には、大きな天体同士の衝突、ジャイアント・インパクトが起こる確率は高かったと思われている。一方、惑星の順番からすると火星だけが例外的に質量が小さくなっているが、これは、火星が偶然にもジャイアント・インパクトを経験していないためではないかと考えられている。 |
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「地球進化46億年の物語」によると、原始地球とテイアとのジャイアント・インパクトによってできた巨大な衛星・月の出現によって「奇跡の惑星」地球の歴史が始まり、地球には、海の出現、大陸の出現、生命の出現、大気の生成など大きなイベントが数多く起こることになる。大気・空気の歴史については、→「2−1−3 理想気体の科学 空気の歴史」 | |||||||||||
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図は、現在調べられている地球の構造である(Wikipediaの図を用いて日本語の解説を加えた)。深部は、高温・高圧のコア(鉄とマグネシウムの合金)であり、創世記の原始の熱が寄与しているが、マントルや表層部はウランやカリウムの原子核崩熱によって温められている。誕生から46億年たつ地球は、今もなお冷えて固まっていない生きた惑星である。 | |||||||||||