サイト・トップ
ガスの科学ブログ
ガスの科学目次
 
前の記事
81
次の記事
 
前へ
目次順
次へ

第81回 4章 ガスの科学と物質の階層構造

 2018/10/16

  4−4 大きな階層・マクロコピック

 
  4−4−1 観測可能な宇宙 1027m  

 
 マクロとは「巨大」を意味し、様々な分野でこの言葉が使われている。
コンピュータの言語(マクロ言語)、一国規模の経済(マクロ経済学)、写真撮影法の接写拡大(マクロレンズ)など、ミクロの対義語として使用されるマクロは、ギリシア語のマクロス(長い)が語源であり、長さを表わす言葉である。
 物理学では、ミクロスコピックよりも大きく、さらにメゾスコピックよりも大きな階層をマクロスコピックと呼ぶ。微視的ではない大きさがマクロ(巨視的)であるため巨大という意味合いが少し異なる。階層の話をメゾスコピックから始めたのは、これより大きいマクロスコピックと小さいミクロスコピックでは、ものの見え方、考え方が大きく異なるためである。メゾよりも大きいものがマクロであり、その境界10-9mを認識しておくことが重要である。
   空気や酸素などのガス分子を構成する原子は人工的に作り出す(合成する)ことはできない。酸素や窒素の「製造」というのは空気を分離して酸素分子や窒素分子を濃縮するという行為であるが、その元になっている元素を合成することはできないのである。巨大な加速器を用いて人工的に合成できる元素もあるが、その量はごくごくわずかであり、とても製造とは呼べない。現実問題として人間は元素を作り出すことができないので、その合成方法を考えても仕方ないともいえるが、酸素や窒素の元素(酸素原子、窒素原子など)がどのようにして作られたのか、その起源や歴史を知っておくことは、ガス屋のガスの科学として無駄ではないと思う。
    太陽の98%は水素とヘリウムであり残りの元素の大半も太陽で合成されたのではなく、はるか昔に存在した恒星の残骸である。宇宙空間には、ところどころに、太古に存在した恒星が爆発した後の残骸が「分子雲」(molecular cloud)として漂っており、そのガス部分が恒星(太陽)、あるいは巨大ガス惑星(木星など)となり、チリ(固体)の部分が岩石惑星(地球など)となって、恒星系(太陽系)が作られた。地球にありふれた元素もその起源を理解するためには、はるかに大きなマクロスコピックの階層、宇宙の歴史をたどる必要がある。
   宇宙の平均、すなわち「自然」とは、何もない空間とエネルギーである。しかし、ほとんど何もない空間にも、ところどころにかすかに物質(星間物質)があり星雲や分子雲となっている。その密度は、1cm3あたり原子数で10-4〜106個ほどとかなり幅があるが、0℃、1atmの理想気体の分子数が、1cm3あたり2.68×1019個であることと比較すると自然界は極めて希薄である。
  星間物質の中では、恒星系の原料となる分子雲の密度が最も高いが、それでも地球の地表面の空気の密度より13桁も希薄である。そして、地球を作っているほとんどの元素は、その構成比率が、宇宙の平均から大きくかけ離れており、地球は自然の一部ではあるが、非常に偏った特殊な存在、自然からはかけ離れた存在である。
4−4−1 観測可能な宇宙 1027m
   地球は宇宙の一部であるが、地球のことを一般的には宇宙とは呼ばず、地球の外を宇宙と呼ぶ。
  海に囲まれた国が外国のことを「海外」と呼ぶが、島国である日本が自国を除く近隣をアジアと呼び、英国が英国やアイルランドを除く大陸側をヨーロッパと呼ぶのに似ている。地球の人が宇宙と呼ぶ時、そこには、地球は含まれていない。
(1)宇宙 space
 
 写真は、大陽日酸Webに掲載の同社製「スペース・シミュレーション・チェンバ」、 地球外の宇宙の研究や開発が国家規模あるいは先進国を中心とした国際機関で行われている。近年では、宇宙空間を利用する民間ビジネスも興りつつある。
  産業ガスの技術は、宇宙開発にも多く利用されている。
   産業ガスのビジネスの範囲(原料、製造装置、顧客)は、空気のある地球上だけである。しかし、その技術や供給されるガスは、宇宙の研究や開発にはなくてはならないものである。
  宇宙開発や研究で使用される観測装置では、ノイズを少なくするために液体ヘリウムで冷却する超低温の機器が使用され、打ち上げ用のロケットには、推進材や燃焼材として液体水素や液体酸素が搭載される。宇宙線や様々な天体観測には、超低温機器や液体キセノンなどが使用される。宇宙事業部という部門は、航空機メーカー、電機メーカー、重工メーカーだけでなく、産業ガスのメーカーにもある。
   宇宙空間で利用される人工衛星や探査機は、ぶっつけ本番で使用される。よほどの理由がなければ宇宙での試運転ということはない。そこで、機能確認のために、宇宙空間の環境を模擬した宇宙環境試験装置(スペース・チェンバ)を用いた地上試験が必要となる。スペース・チェンバには、宇宙環境、惑星大気などを模擬するための真空排気装置、ガス供給装置、加熱冷却装置、磁場発生装置、各種計測システム、その冷却システム、ソーラーシミュレータ(擬似太陽)などが備えられており、産業ガス分野が培ってきた真空排気技術、断熱技術、低温技術、溶接技術、気密構造などのノウハウなどによって、製作、運用されている。
   写真の大陽日酸(株)製大型スペース・チェンバ(同社では「スペース・シミュレーション・チェンバ」の名前で呼ぶ)には、巨大な真空容器に人工衛星などの試験体を格納するための開口部が写っている。本体の大きさは、直径13m×長さ16m、到達圧力は1.33×10-5Pa(13μPa、到達時間16時間以内)、低温系統と排気系が装備される。チェンバの圧力は、非常に低圧力(高真空)であり、外気圏を飛行する宇宙ステーションの環境よりも低圧であるが、地上で作り出される環境であるため、さすがに標準的な宇宙空間並みの真空という訳にはいかない。宇宙の真空に比べると地球上には物質が多過ぎる。
   自然界を対象とする学問には、天文学、地文学、水文学、人文学などがあり、その多くが地球科学あるいは人間に関するものであるが、天文学だけは、地球以外のものも対象としており、非常に大きな階層を取り扱う。大昔より、宇宙は非常に大きいと考えられてきたが、20世紀以降の科学が明らかにしてきた、宇宙の大きさはとてつもなく大きい。
   インターネットプロトコルでは、IPアドレスの不足に備えてIPv6のアドレス空間が考えられており、1038個(2128個)である。この数字は、このくらい大きな空間があれば、将来も埋まることはないだろうと思われている大きな数字である。しかし、宇宙にあるバリオンの数(およそ原子の数、すなわち物質の量)は、1080個あり、桁違いに大きい。宇宙はスカスカで、ほとんどが空間ばかりであり、物質はわずかしか存在しないが、それでも人間が考え付く数値よりはるかに多い数の物質が存在している。数学的に考えられた十分に大きな仮想空間よりも、実際の宇宙の原子の数の方がはるかに大きい。とてつもない巨大数を「天文学的数字」ともいう。
   天文学が取り扱う最も大きな階層は「宇宙」であるが、ガス屋が、直接関係しそうな宇宙は、地球のすぐ近くの極めて小さな宇宙空間である。しかし、ここでは、ガスや低温機器の重要な顧客でもある宇宙物理学の分野がどういった研究を行っているのかを知るために、あるいは酸素や空気の起源を知るために、最も大きな宇宙の階層から順番に小さな階層へと話を進めることにする。
(2)宇宙 universe と cosmos
   最新の科学によると、われわれの宇宙は、「無量宇宙、マルチバース(multiverse)」の中の「ひとつの宇宙、ユニバース(universe)」である。宇宙の生成と消滅を研究する理論物理学では、数多くの宇宙の中のひとつが、われわれの宇宙ということになる。したがって、科学として宇宙を表わす概念は、マルチバースの中のユニバースであり、その成因は諸説が研究されているが、共通しているのは、同じ宇宙では、同じ物理法則が成り立つということであり、この範囲が、ひとつの宇宙(ユニバース)と考えられているということである。物理学者ではないわれわれにとって、現実の宇宙は、ユニバースであり、唯一、最も大きな階層と考えてよさそうである。
   ユニバースの他に宇宙を表す言葉には、コスモス(cosmos、英語ではコズモcosmo)がある。コスモスは、哲学や宗教における宇宙観、芸術の世界、人体や生物のように複雑な小宇宙を表わす場合など、概念としての宇宙に用いられることが多い。どちらかと言うと、科学から少し距離を置いた「宇宙観」や宗教や哲学から科学までを含んだ「宇宙論(cosmology)」の用語である。科学の分野では、ほとんどの場合は、空間としての「宇宙(ユニバース)」が用いられるが、宇宙線(cosmic ray)や宇宙マイクロ波背景放射(CMB、cosmic microwave background)などの科学用語に「宇宙(コスモス)」が用いられることがある。
(3)宇宙 universe と spacetime
   なお、英語のスペース(space)は、空間であり、本来は宇宙という意味はないが、日本語では、宇宙と訳されることがある。space craft(宇宙船)、space station(宇宙ステーション)、JAXA(Japan Aerospace eXploration Agency、宇宙航空研究開発機構)のarerospaceは「航空宇宙」、NASA(National Aeronautics and Space Administration、米航空宇宙局)やESA(European Space Agency、欧州宇宙機関)など、これらのspaceは日本語では「宇宙」と訳されている。
 日本語では「宇宙」というひとつの言葉も、それは西洋の言葉では、ユニバースであったり、コスモスであったり、あるいはスペースであったり、それぞれ異なった概念を持つ宇宙あるいは宇宙空間である。
   Speceを空間とする代表的な言葉に「spacetime」がある。これは、アインシュタインの特殊相対性理論の幾何学となっているミンコフスキー空間の論文の中に示されている「Raumzeit」が英語に直訳されたものである。日本語にすると「空時」となるが、何故か順序が変わって「時空」と訳されている。
  宇宙を研究するために、宇宙船が地球を飛び出していくということは、何もない空間(space)を飛び回るということであり、そこには地球上とはまるで異なる空間と時間が広がっている。スペースをうまく日本語にすることは難しそうなので、宇宙と訳しているようである。空間と宇宙は本来は別の概念である。
(4)観測可能な宇宙
   理論から導かれる現在の宇宙(ユニバース)の大きさは、1036mという。3次元の立方体、球体であれば10108m3である。数字が非常に大きいことは分かるが、比較するものがないため、まるで検討がつかない大きさである。
    一方、観測できない領域のことを考えても意味がない、という科学の立場があり、理論上観測可能な領域を「観測可能な宇宙」(The observable universe)と呼び、これを最大の階層とする考えが広く認められている。
 したがって「宇宙」というと、この「観測可能な宇宙」を指すことが多く、NASAのホームページや様々な書物には、この「観測可能な宇宙」という文字が頻繁にでてくる。少々まどろっこしい言葉ではあるが、単に宇宙とはいわずに、科学的根拠に基づく観測可能な宇宙という言葉がよく使われている。
  観測可能というのは、技術的に観測できるかどうかということではなく、「地球からみて理論的に観測が可能な宇宙」という意味であり、理論的に観測できない領域のことは考えないということでもある。理論的に観測が可能というのは、「光が届く」という意味であり、現在の宇宙の年齢から考えられる到達距離よりも遠い先からの情報は地球まで届かないので、我々とは因果関係がない領域ということになる。
    ビッグバン理論に基づく観測可能な宇宙の大きさは、(現在)、1027mである。
  ビッグバン理論は、1927年に提唱され、その後の実証データや多くの研究者による理論的補強によって、今では標準的となった宇宙の「始まり」を表わす理論である。しかしビッグバン理論には、そのままでは、物理学的に説明ができない、いくつかの問題点があるため、スティーヴン・ウィリアム・ホーキング(1942〜2018年、英国)、ロジャー・ペンローズ(1931年〜、英国)によって、量子宇宙論の研究が進められている。
   ビッグバン以前の宇宙を説明し、現在の宇宙の謎を明らかにするために、インフレーション理論が提唱されている。最初のインフレーション理論は、アラン・グース(1947年〜、米国)と佐藤勝彦(1945年〜、日本)が、ほぼ同時に独立に提唱された(1981年)。現在もアンドレイ・リンデ(1948年〜、ロシア、米国)や村山斉(1964年〜、日本)などの著名な理論物理学者によって研究が進められている。
ホーキングや佐藤勝彦らによる一般.の人向けの解説本が多数あり、放送大学や様々な科学番組でも解説されているので、興味があれば、参照願いたい。
インフレーション理論とビッグバン理論は、難解な話であるが、神話やおとぎ話しではなく、科学のシナリオである。科学的宇宙論は、理論や観測に基づく科学であり、宗教や観念論とは違う科学の一分野である。
   米国、欧州がこれまでに3機の宇宙論専用探査機を打ち上げ、詳細に観測しており、宇宙の大きさ、年齢、背景放射のわずかなゆらぎ、ほとんど平坦であるが、わずかに存在する非等方性(すなわち宇宙の地図)、組成などが得られている。
 3機目の探査機プランク(欧州宇宙機関の探査機で、軌道は人工衛星ではなく人工惑星)の観測によって、地球から「可視宇宙」の端(宇宙光の地平面)までの距離は、共動距離465億光年であり、可視宇宙は、ほぼユークリッド空間に近い球体であるとされた。観測可能な宇宙は、この可視宇宙よりも大きいとされ、少なくとも共動距離約930億光年以上の球体のようなものと考えられている。(1光年=9.46×1015m)
   ビッグバン理論によると、宇宙は、非常に小さなところから膨張して大きくなったため、全ての空間は、同じところから始まっている。したがって、どこから観測しても同じであり、どこかが中心であるとか端であるということがない。宇宙には中心も端もないので、地球からみた宇宙はどの方向にも同じ大きさを持つ球体のようなものであり、地球は中心でも端でもないが、地球からみた大きさが宇宙の大きさである。
   宇宙空間は、膨張を続けているため、その中で距離を測る時には、空間の膨張に無関係の「固有距離」として考えるのではなく、膨張する「共動距離」で考えるのが一般的である。速度は、距離と時間で定義されるが、宇宙を記述する相対論の世界では、光の速度だけが一定で、他のもの、時間と空間は、変化するため、距離の概念もわれわれの階層の常識で考えることはできない。
 地球に届いている最も遠い光は、宇宙の年齢である138億年の時間をかけて地球に届いており、その距離は、光路距離(光行距離)では、138億光年である。しかし、その光源は「現在」、地球から「共動距離465億光年」のところにあり、これが、大きさ930億光年の球体のような「観測可能な宇宙」ということになる。
  時間も絶対的ではないため、「今」われわれが観測可能な宇宙は、光が465億年かけて進む距離まで存在するということである。人間の階層の常識で考えると、宇宙の年齢は138億年であるため、465億光年も先の光は地球に届いていないと考えてしまうが、光速度だけが一定で、空間が膨張を続けている宇宙では、138億年前に生まれた極微の宇宙が発した光は、膨張によって「現在」は、465億光年先にあると考えられるため、これが「現在」の宇宙の大きさということになる。
   アインシュタインは、特殊相対性理論によって、物質や波は、空間中を光速度を越えて移動することはできないとしたが、時空そのものにはこの制約がない。空間が膨張する速さが、われわれの考える「光速度」より大きいようにみえても、インフレーション理論、ビッグバン理論と特殊相対性理論は矛盾することがない。
  したがって、地球からみた空間の膨張速度が光速度に達した場所よりも先にある天体の後退速度は、光速を超える。したがって、その天体からの光は地球には届かなくなり、その先は、理論的に観測不可能ということになる。このような、最も遠い光は「宇宙光の地平面」と呼ばれ、そこまでが、観測可能な宇宙である。物理学では「光速を超える情報の伝播は存在しない」という原理を因果律と呼び、因果律が断絶している空間は、同じ宇宙ではないと考える。
   このまま空間の膨張が続けば、いつかは全ての星が観測できなくなり、宇宙の始まりの証拠である背景放射すら消えてしまい、過去の記録は全て失われる。エントロピーは増大し、宇宙の温度はゼロケルビンに近づき、宇宙は熱力学的終焉を迎える。一方で、そのようなシナリオの宇宙論に対して、膨張している宇宙は、どこかで逆に収縮に向かい、重力によって集まり、始まりと同じようにまた一点に収縮するというシナリオもある。宇宙の始まりがビッグバンであるのに対して宇宙の終焉がビッグクランチになるという理論である。
宇宙の終焉が膨張で終わるのか、それともどこかで収縮に転じて1点に戻るのかを求める研究(観測や理論)が行われている。
   空間は質量(重力)によって歪むが、重力には引力しか見つかっていない。斥力が見当たらないのである。しかし、にも関わらず、宇宙は膨張を続けており、膨張に必要な斥力が存在するはずであり、そのダークエネルギー(とダークマター)の量が、宇宙の運命を決めているのだという。ただし、宇宙の終焉は、太陽や地球や銀河系の寿命よりもずっと先のことであり、誰も確認できない(少なくとも地球人には)ので、科学が取り扱うものではないという主張もある。
   これまでの観測によって分かっていることは、観測可能な宇宙は、あらゆる方向に46.5×109光年の大きさを持つ体積9×1030立方光年(3×1080m3)の球体であり、そこには8×1010個(800億個)から1.7×1011個(1700億個)の銀河があり、その中には、3〜7×1022個の恒星(太陽)があり、ここに含まれる物質は、バリオン(陽子と中性子)の数として1080個と推定されている。
  とてつもなく大きな宇宙も10の羃乗で表わすと、驚くほど普通の数字になってしまう。便利な数学のおかげであり、最新の科学の成果である。宇宙はじっとしているのではなく、進化を続けているが、けっして無限に大きい訳ではなく、そこに含まれる銀河や星の数も有限であるということが、これらの数値から読み取ることができる。
    光の速度に比べると、現在の宇宙の時空は非常に大きい。宇宙の大きさに比べると、光の速度は非常にゆっくりとしているため、過去の事象は、長い時間をかけて様々な形で地球に届いている。したがって、より「遠く」を観測することができれば、それだけ「古い」過去を観測できるということである。