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第102回 5章 ガスの化学、ガスの工学、ガスの化学工学と分離技術

 2019/01/14

  5−2 棚段蒸留塔
  5−2−2 気液平衡操作(平衡フラッシュ計算)

フラッシュ
 深冷空気分離装置のプロセスの前に、蒸留分離の分離ユニットとなる、気液平衡操作(平衡フラッシュ計算)と蒸留計算について説明する。
 図は、圧力  、温度 の状態の組成  の流体が、流量  でバルブを介して気液平衡装置(ここではフラッシュボトルと呼ぶことにする)に流入し、気液平衡状態となり、圧力  、温度 の気相と液相に分かれた時の様子を示している。添え字は、ステップを表すのに用いており、後で述べる棚段蒸留塔では、気液平衡が何度も繰り返されて所定の濃縮が行われる。ここではステップがからまで1段進んだという意味である。
 空気を3成分系(ternary)とし、フラッシュボトルに流入する流体の組成を、、(添字は、窒素=1、アルゴン=2、酸素=3)とする。蒸留の基本は、2成分系(binary)で説明されることが多いが、空気分離は、第三成分であるアルゴンの量が多く、無視することができないので、複雑にならない範囲で3成分系(termnary)で記述することにする。(水蒸気と二酸化炭素が除去された状態の空気を対象としても、実際の空気はもっと多成分であるが簡略化する)
 蒸留では、慣例として、液相中の濃度を記号、気相中の濃度を記号、で示し、気相・液相のいずれかを問わない場合の濃度には記号、を用いる。
図−1 フラッシュ
   気液平衡関係は、成分 について、それぞれ  と示される。 は成分 の液相中の濃度と気相中の濃度の比、平衡比(K値あるいはKバリューなどと呼ぶ)で、温度、圧力、組成から決まる。
xy線図
 
図に窒素−酸素2成分系の気液平衡線、x-y線図を示す。
 横軸は液相中の窒素の濃度、縦軸は気相中の窒素の濃度である。 ここで、「窒素−アルゴン−酸素3成分系」において、窒素は常に、、酸素は常に、、となることが容易の推測できるので、分かりやすい「窒素−酸素系」として説明をする。(実際の深冷空気分離内部では、近似的に2成分系とみなせる部分は、「窒素−アルゴン系」あるいは「アルゴン−酸素系」だけであって、窒素−酸素系に近い部分はないため、説明のためのものである。)
 図の横軸は液相中の窒素の濃度、図の縦軸が気相中の窒素の濃度を表わしており、それぞれの軸を逆向きに読んだ値が酸素の濃度である。
図−2 線図
  図中に実線で示しているのが気液平衡線であり、圧力が低いほど気液平衡線が対角線から離れるため、分離しやすく、圧力が高いほど気液平衡線が対角線に近づくので、分離しにくい。蒸留分離では、一般的に圧力が低い方が分離が容易になるが、低圧になるほど気相の密度が低くなるため装置が大きくなる。
図中の破線は、参考のために示した共沸混合物(azeotrope)の気液平衡線である。このように気液平衡線が対角線と重なる場合は、気液平衡では分離ができないという例を示している。共沸は、水‐エタノール系などで起こることが知られているが、空気系では起こらない。
線図
 
 図に、圧力が101.325kPa (1atm) の時の、窒素−酸素2成分系の気液平衡を  線図で示す。横軸は、液相中の窒素濃度、および気相中の窒素濃度 、縦軸は温度である。
 ある窒素濃度の気体の露点と同じ窒素濃度の液体の沸点は異なるため平衡線は2本となり、それぞれ沸点曲線、露点曲線と呼ばれる。気液平衡状態では、気相と液相の温度と圧力は等しいので、等温線(図中の破線)が沸点曲線と露点曲線と交差する交点の横軸の値が、気液平衡における気相と液相のそれぞれの組成を示している。
 横軸は窒素濃度であるから、窒素−酸素2成分系では、常に気相中の窒素濃度 の方が液相中の窒素濃度 より大きく、露点曲線が沸点曲線の右側にある。
図−3 線図
グラフの右端は、酸素を含まない純粋な窒素であるから、温度は窒素の沸点・露点(約77K)、左端は窒素を含まない純粋な酸素であるから、温度は酸素の沸点・露点(約90K)となる。
図から、窒素と酸素の沸点、混合物の露点曲線、沸点曲線の関係などが読み取れ、低沸成分である窒素が気相に濃縮されることがよく分かる。
分離係数
  ここで、図−1のような気液平衡計算では、 の関係を直接表わす平衡比が使いやすいが、図−2から分かるように平衡比は組成によって大きく変わるため、系の分離の難易度が分かりにくい。これに対して、次に示す分離係数は、圧力が同じであれば、組成が変わっても、大きくは変わらないため、分離の難易度の指標として用いられることが多い。
混合物中のある2つの成分の間の気液平衡関係から分離係数 が次のように定義される。
 
  を、窒素−酸素の分離係数と呼び、蒸留分離の場合は、酸素に対する窒素の相対揮発度(または比揮発度、relative volatility)とも呼ぶ。
窒素の平衡比 と酸素の平衡比 の比が分離の難易度を表す。記号 は、蒸留以外の分離操作でも分離係数の記号として使用されるため、「(分離係数・)アルファ」と呼ばれることも多い。
空気3成分系では、常に 、であるから、となり、深冷空気分離装置の運転圧力の範囲では、は、およそ2.5から3.5の範囲の値をとる。は、の逆数となる。
分離係数は、1から離れて大きい場合と1から離れて小さい場合は、分離がしやすく、分離係数が1に近づくにしたがって分離が難しくなるが、アルゴンと酸素は、純物質の沸点が近いことから予想される通り、比較的分離が難しい系となっており、は、1.2〜1.5程度である。
表に空気系の分離係数と他の蒸留分離の分離係数を比較して示す。分離係数は、圧力で変わるが、分離装置の標準的な運転圧力における概略の値を示している。
 
表-蒸留分離の分離係数の例 (標準的な運転圧力における概略値)
分離係数 目的
窒素−酸素 2.5〜3.5 空気分離(深冷分離)
窒素−アルゴン 2.0〜2.5 空気分離(深冷分離)
ベンゼン−トルエン 2.5 BTX分離
H2−HT 1.8〜2.4 水素同位体分離(深冷分離)
アルゴン−酸素 1.2〜1.5 空気分離(深冷分離)
H2O−HTO 1.04〜1.1 水素同位体分離(水蒸留)
pキシレン―mキシレン 1.02 異性体分離(mキシレンの標準沸点の方が1℃高い)
H216O−H218O 1.006 酸素同位体分離(水蒸留・温度350K、大気圧より低圧の条件)
16O216O18O 1.006 酸素同位体分離(酸素蒸留・温度90K、ほぼ大気圧)
16O2の標準沸点の方が16O18Oの標準沸点より0.1K高い)
  ここで、図−1のフラッシュボトルに供給される流体は、液体か気体かは示されず、組成も記号 で示された。この場合、流体が持っているエンタルピーの値が重要であって、計算上は、入口側の流体が液体か気体か、気液混合であるかということは特に(計算上は)問題ではない。エンタルピーは、内部エネルギーと圧力から求まる熱力学関数で定義されたが、液体と気体を同時に取り扱う系では、非常に便利で、このフラッシュ計算の場合も、外部との熱の出入りがなければ、定常状態ではエンタルピーが保存され(等エンタルピー変化)、図−1に示す熱収支式が成り立つ。
フラッシュボトルにおける気液平衡計算は、入口流体の条件と出口の条件(圧力など)を与えて、気液平衡データ(平衡比Kの推算式)、比エンタルピーなどの物性データと等エンタルピー変化の条件(熱収支)、物質収支から出口の気体と液体の状態(気液の流量比、組成、平衡温度など)を求める計算であり、棚段蒸留塔の分離ユニットとなる。
 ここで、液体と気体のエンタルピーを用いて次の値を定義する。
  ここで、は任意の流体が持つ比エンタルピー、は飽和液体の比エンタルピー、は飽和蒸気の比エンタルピーである。
通常の物質では、気体のエンタルピーの方が液体のエンタルピーより大きいので、分母は正、任意の流体が飽和液体の時は、、飽和蒸気の時は、となり、気体の場合は サブクール液体の場合は となる。
気液が共存している場合、ゼロと1の間の値をとり、 は気化率を表す指標、液化率は、となる。
  は、飽和液体の比エンタルピーを起点として、飽和蒸気と飽和液体の比エンタルピーの差を尺度にして、任意の流体の持つエンタルピーを無次元化した値である。一般的な気液二相流(流体力学や伝熱の分野)では、これを「熱平衡クォリティ(記号)と呼び、蒸気工学(機械工学)の「乾き度」も同様の考え方に基づく。蒸留(分離技術、化学工学分野)では、値と呼び、供給される流体の状態を表わすのに用いられる。蒸留装置に供給される原料の値は装置の設計において重要な値であり、熱交換器など付属する冷凍サイクルの設計にも関わってくる。
なお、過冷却流体(過飽和蒸気、過冷却液体)や過熱液体は平衡状態でないため、熱平衡クォリティ や 値で表わすことはできない。