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蒸留分離に蒸留装置が必要な理由 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
一般的な深冷空気分離装置で製造される工業用酸素は、酸素濃度がおよそ99.6%、工業用窒素は窒素濃度がおよそ99.99〜99.999%である。空気の気液平衡によって、気相中に窒素、液相中に酸素が濃縮するが、1回の気液平衡では、「純ガス」とはならないため、気液平衡を利用した蒸留操作(蒸留分離による濃縮)が必要である。 科学の定義では、液体と気体には区別がない。固体は、隣り合う原子や分子は位置を変えることができないという重要な性質があるが、液体と気体では原子や分子は自由にその位置を変えることができる。気体が圧縮しやすいとか液体が重い(密度が大きい)といったことは、程度の問題であって、気体と液体には本質的な違いはない。宇宙空間に漂う物質のことを「チリやガス」と呼ぶが、チリは固体、ガスは気体のことを表している。自由に動き回ることができる分子に対して、これを気体と呼ぶか液体と呼ぶかは意味のないことであって、ガスと呼んでいるということである。これに対して、もっと限られた条件、たとえば、地球の上のような環境にある物質が、適当な圧力や温度の条件で、非常に重い「相」と軽い「相」に分かれて共存していれば、前者を液体、後者を気体と呼ぶことができる。 地球の上だけでなく、宇宙ステーションの中だとか、月面であるとか、そういった(宇宙の平均からは外れた)特殊な環境であれば、我々は、気体と液体を区別できることが多い。科学的には気体と液体には区別はないが、工学的、あるいは化学的には、気液の区別や気液の共存を議論することができる。ただし、これは常識に照らし合わせた範囲でのことであって、温度や圧力の条件によっては非常に重い気体もあれば、非常に軽い液体もある。臨界点においては、気体と液体は同じ密度で存在するため気体と呼ぶことも液体と呼ぶこともできない。 したがって、気液平衡を議論したり、気体の液化や液体の蒸発を議論したりできるということは、その対象となっている流体が、暗黙のうちに「それなりの条件下」にあるということである。空気の気液平衡を考えるとき、圧力はおよそ大気圧あたりから30気圧程度、温度はおよそ70Kから120Kあたり、重力加速度は地球の平均値、などが暗黙の了解である。気体の空気と液体の空気が共存し、熱力学的平衡にある時、空気を構成している酸素分子、窒素分子、アルゴン原子は、それぞれが独立して運動している訳ではなく、相互に作用しあって、液体空気と気体空気となっていることは既に述べた。(→第52回 1−4 空気分離 (3)深冷空気分離 B蒸留分離と気液平衡 ) たとえば、大気圧の空気を冷却していった時、温度90K(-183℃)で空気の中の酸素分子だけが集まって液体になる訳ではない。液体空気の中には酸素分子だけでなく、アルゴン原子と窒素分子も含まれている。大気圧の液体空気を加熱していった時、温度77K(-196℃)で窒素分子だけが蒸発して気体になる訳もない。蒸発した気体空気の中にはアルゴン原子も酸素分子も含まれるのである。しかし、低沸成分と呼ばれる成分の方が気相中に濃縮されやすく、高沸成分と呼ばれる成分の方が液相中に濃縮されやすいので、これを利用した蒸留分離が行われている。全ての成分の組み合わせで必ず蒸留分離できるという保証はないが、多くの場合は分離ができる。 「気液平衡」で、少しだけ分離ができる。しかし、たいていの場合は、満足がいく濃度の製品を得ることはできない。そこで何度も気液平衡を繰り返すカスケード分離(一般的には棚段蒸留塔を用いる)か、あるいは長い距離を気液を向流接触させて物質移動を行う微分接触分離(一般的には充填蒸留塔を用いる)が必要となる。 |
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蒸留の用語 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
蒸留分離には何種類かの呼び名があり、蒸留、蒸溜(distillation)、分留、分別蒸溜(fractionation、fractional distillation)あるいは精留、精溜(rectification)などが知られている。主に、蒸留酒では「蒸溜」、石油精製では「分留」「精留」、空気分離では「精留」が使われ、それぞれの業界で歴史のある技術用語である。しかし、これらの用語は、定義がはっきりせず、説明が難しい。古い事典を調べると、揮発度の差を利用した分離(蒸留)に対して、工業装置では精留(気液の交流接触による連続蒸留)が用いられといった説明もみられる。しかし、現在では、これらの用語を区別し使い分けるという特に理由は見当たらず、化学工学のテキストの表題の多くが「蒸留工学」であるから、ここでは「蒸留」を用いることにする。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
蒸留装置には「蒸留塔」が用いられることが多い。蒸留塔を用いない蒸留装置には、酒の蒸留に用いられるポットスチル(蒸溜釜)、純水(蒸留水)製造用のスチル、遠心式薄膜蒸留機、流下液膜式蒸留器などがあるが、多くの化学プラントでは、蒸留装置に蒸留塔が用いられている。 一般的な蒸留装置は、円筒形の圧力容器になっており、英語では、distillation columnあるいはdistillation towerと呼ばれるので、蒸留カラムや精留筒などと書かれることもあるが、化学工学事典では、カラムやタワーを表わす日本語は「塔」に統一されているので、ここでは「蒸留塔」とする。なお、蒸留塔ではないが、ガスクロマトグラフのように分離装置が非常に小さい場合は、カラムを塔にすると、日本語のイメージが合わないので、「分離カラム」とカタカナのまま用いられる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
気液平衡を利用して、目的成分を濃縮するには、2種類の方法があり、ひとつは気液平衡を何度も繰り返して徐々に濃縮していくカスケード分離(cascade process)による方法、もう一つは気体と液体を連続的に向流接触(counter current contact)させて気液界面における気液平衡と気液界面を通した物質移動・熱移動によって濃縮する方法である。使用される装置の構造から、前者は「棚段(たなだん)蒸留塔」、後者は「充填(じゅうてん)蒸留塔」と呼ばれる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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棚段蒸留塔には、インターナル(内部構造物)として棚段状にトレイ(tray)が設置された「段塔」、「棚段塔」あるいは「トレイ塔」(tray towerまたは plate column)が用いられ、充填蒸留塔には、インターナルとして充填物(packing)が充填された「充填塔」(packed column)が用いられる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
深冷空気分離装置では、最初に充填蒸留塔があり、次に棚段蒸留塔の時代となり、その後、充填蒸留塔と棚段蒸留塔の両方が使われるようになった。初期の充填蒸留塔は、不規則充填物を用いた小型の不規則充填塔(packed column with random packing)であり、あまり性能がよくなく、大型化も難しかったようで、間もなく棚段蒸留塔が主流となり、この時代が長く続いた。近年になって高性能の規則充填物が開発され、1990年頃からは、これを用いた規則充填塔(packed column with structured packing)が、深冷空気分離装置にも利用されるようになり、充填蒸留塔が復活した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
棚段蒸留塔と充填蒸留塔は、構造だけではなく、気液平衡の利用方法、分離の仕組みが大きく異なる。 棚段蒸留塔の仕組みから説明する。 |
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分離ユニットとしては、遠心分離機、吸着装置、気液平衡装置、膜分離装置、抽出装置、熱拡散装置などがあり、分離ユニットが、気液平衡装置の場合、平衡関係にない気体と液体が流入し、気液平衡となって「1段の濃縮」が行われ、これが多段に組み合わされて棚段蒸留装置となる。
般的なカスケード分離では、各段は、規模(ユニットの個数あるいは処理量)を変えて接続され、エネルギー消費と内部の貯留量(inventory)が最小になるように理想カスケード(ideal cascade)を目指して計画されるが、棚段蒸留装置の場合は、複数の分離ユニットを1本の塔にまとめた棚段蒸留塔となるため、各段の流量を自在には決めることができない線形カスケード(方形カスケードあるいはステップカスケードともいう)となる。 なお、蒸留塔はかなり昔から存在しているが、これを技術として整理したカスケード理論は、非常に分離がしにくく多段に分離ユニットを組まなければならない必要から生まれたもので、第二次世界大戦中のウラン同位体濃縮が起源と考えられており、化学工学そのものが20世紀後半に確立された新しい技術分野である。 |
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棚段蒸留は、理想カスケードに比べてエネルギー消費と貯留量が増えるが、段と段の間(段間)の接続や機器の構成が非常に簡単になるという大きな利点がある。深冷空気分離装置の場合、アルゴンを製造するために必要なカスケードの段数は合計200段ほどであるが、数十段の分離ユニットがそれぞれひとつの棚段蒸留塔にまとめられ、蒸留装置全体は、3〜4塔の蒸留塔で構成されている。 棚段蒸留塔は、塔が垂直に設置され、段は上下に配置され、段間の流体の移動には圧縮機やポンプは使用されず、気体(気相)の移動は圧力差、液体(液相)の移動は重力によって行われ、気体は上昇ガス(蒸気)、液体は下降液(還流液)となる。 一般的な蒸留装置の構成を示す。原料は、原油(精製前の石油)や醸造酒(蒸留酒の原料)など、通常は液体である。これを蒸留塔に供給(フィード、feed)すると、蒸留塔の中の気液接触装置で気液平衡となった気相が上昇ガス、液相が下降液となる。 |
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一方、原料投入部(フィード段)より下では蒸発しにくい成分(高沸成分)が濃縮し、蒸留塔の一番下、「塔底部」で「缶出液(wasteまたはresidual)」となる。 缶出液は、塔底部の下に置かれた加熱器で蒸発され、蒸留塔の上昇ガスとなる。水を加熱して蒸気や温水を作る装置は、ボイラー(boiler)と呼ばれるが、このような蒸留塔の上昇ガスを作る蒸気発生装置はリボイラー(再沸器、reboiler)と呼ばれる。 |
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石油精製の常圧蒸留では、特定の成分が単品で生産されることはなく、原油に含まれる留分に応じて様々な製品が連産される。塔頂部付近で濃縮されるLPガスから、塔底部へ向かって、ナフサ(ガソリン、プラスチック原料)、灯油、ジェット燃料、DFO(留出燃料油、軽油)などの低沸成分が生産され、塔底部では、重油、RFO(残渣燃料油)、アスファルトなどの高沸成分が生産される。 蒸留工学では一般的に、低沸成分が濃縮されるフィード段より上の部分を、濃縮部(enriching section)と呼び、低沸成分が抜けて高沸成分が残る下の部分を回収部(stripping section)と呼ぶ。一般の化学プラントでは、低沸成分や軽成分の濃縮を主目的としたものが多いためである。 深冷空気分離装置では、低沸成分である窒素と高沸成分である酸素は同等の製品であるため、濃縮部、回収部という考え方や区別がない。低沸成分=製品、高沸成分=廃棄物のようなイメージでは考えることはできない。 実際の石油精製の主蒸留装置は、リボイラーではなく原料加熱炉とスチームを使って上昇ガスを生成しているため図の構成とは少し異なるが、基本的には、原料供給部の上に濃縮部、下に回収部を持ち、塔頂部のコンデンサーで還流液を作るという一般的な蒸留装置であり、回収部は350℃、濃縮部の塔頂部では35℃ほどに、各部の温度を制御することによって製品が取り出されている。 これに対して、深冷空気分離装置では、塔頂部の窒素を液化できる適当な外部冷媒がないため、低圧空気や酸素を使って高圧窒素を液化する独特のプロセスとなっており、蒸留塔の中間部に原料をフィードするという一般的な蒸留装置とはかなり異なった構成になっている。空気の組成は非常にシンプルで、製品の取り出しは基本的に塔頂と塔底から行われ、蒸留塔の温度制御によって中間段から留分を取り出すといった制御は行われていないため、蒸留塔の温度は組成と圧力からひとりでに決まる(人為的に温度を制御するのではなく、結果として温度が決まる)。 |
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