サイト・トップ
ガスの科学ブログ
ガスの科学目次
 
前の記事
100
次の記事
 
前へ
目次順
次へ
第100回 5章 ガスの化学、ガスの工学、ガスの化学工学と分離技術

 2019/01/06

  5−1 ガスの冷却・液化
  5−1−6  深冷空気分離装置の基本形

5−1−6  深冷空気分離装置の基本形
 空気分離の歴史は、空気の液化から始まっており、法令でも「空気液化分離装置」と呼ばれる。そのために図に示すような「原料空気を冷却・液化し、この液体空気を原料として蒸留する装置」と思われることがある。(→ 第52回 1−4 空気分離 (3)深冷空気分離 (k)その他の誤解
 石油精製(原油を蒸留分離)や蒸留酒の製造(原酒の蒸留精製)は、原料が液体で製品も液体であるため、蒸留というと、原料は液体で供給されるものと思われてしまい、空気の蒸留であっても、このように空気の液化装置で液体原料が作られ、これを原料として次に分離装置がある。
図1-「空気液化分離装置」の誤ったイメージ
   まだ工業装置としての空気分離装置が開発される前、19世紀末から20世紀初頭にかけて、空気の液化が実現され、そこで作られた少量の液体空気を蒸留してアルゴンが濃縮され、その研究の過程で、クリプトンやキセノン、ネオンなどの新元素が発見された(→第34回 2−4 希ガスの科学 2−4−2 アルゴンの発見 )。その時の、実験室規模で製造された「液体空気」を用意してこれを蒸留装置で分離した時のイメージである。
 
  しかし、実際に工業化された空気分離装置のイメージは、次の図2に示すようになものである。原料は気体の空気であり、製品も気体の酸素、窒素である。
 内部では、蒸留に必要な液化とガス化が行われるが、空気分離装置を外から見た時は、原料も製品も気体である。原料空気は戻りのガス(製品と排ガス)と熱交換されて冷却される。気体の原料空気は、ほぼ飽和の気体の状態で蒸留塔に入り、そこで分離されたガスはもほぼ飽和温度の気体として蒸留塔から出てくる。
図2-深冷空気分離装置の正しいイメージ
   原料空気と戻りのガス(製品ガスと排ガス)は、熱交換器で熱を交換するので、装置の出入り口における原料と製品の温度はほとんど等しい。この時、熱交換器の温端(温度の高い端、原料の入口、製品の出口)では、行きと戻りのガスの温度と圧力が異なり、この違いがすなわちエネルギーロスであり、酸素や窒素の製造エネルギー(分離エネルギー)となる。    
 図1のように一旦全ての空気を液化してこれを原料にして蒸留を行うということになると、取り返すことのできない不可逆工程のエネルギーロスが非常に大きくなり、実験装置ならば可能であっても実用装置としては成立しないプロセスとなる。熱交換器で熱エネルギーを回収するとしても、そのロスは非常に大きい。
   原料空気を液化するというイメージにより近いのは、図3に示す「複精溜塔」である。空気分離を解説するのに用いられた50年ほど前の教科書にはこのような図解があった。
 原料空気は、非常に高圧に圧縮され(およそ150atm、15MPa)、「凝縮器」で液体空気と熱交換し、冷却液化されて膨張弁を介して高圧塔へ送られる。膨張弁では、圧力が低下(およそ6〜7atm)、液体空気と気体空気が高圧塔に供給され、高圧塔で蒸留が行われ、窒素(塔頂)と酸素富化空気(塔底)に分離される。高圧塔で作られた液体窒素と液体空気が低圧塔に送られ、ここで蒸留分離によって窒素と酸素に分離される。
 この図には、図1のような原料液体空気のタンクはないものの、原料空気のかなりの部分が一旦液化され、液体空気が原料となって酸素や窒素に分離されるので「空気液化分離装置」という名称の由来は「複精溜塔」ではないかと思われる。この方式は原料空気を液化するために非常に高い圧力まで空気を圧縮するためエネルギーを多消費する、高圧の機器にコストがかかるなどの理由もあり、現在では採用されていない。
図3-「空気液化分離装置」の「複式精留塔」
   なお、当時の化学工学では英語やドイツ語の文献を訳したものが多く、double columnを「複式」、rectificationを「精溜」、などと記している。現在では、「精溜」「精留」などという言葉はほとんど用いられず「蒸留」という用語が一般的であり、複精溜というのも特殊な用語なのでカタカナで「ダブルカラム」と呼ぶことが多い。また高圧塔は底部に置かれることが多く、lower columnと呼ばれたため「下塔」、低圧塔は上部に置かれることが多く、upper column と呼ばれたため「上塔」と和訳した教科書もあったが、現在では高圧塔またはHPC、低圧塔またはLPCと呼ぶ。
標準的な深冷空気分離装置
 
 現在の一般的な深冷空気分離装置は、図4に示すような低圧型(全低圧型とも呼ばれる)のダブルカラム方式であり、原料空気の圧力と高圧塔の圧力がほぼ等しい。原料空気は、ほぼ飽和の気体(一部液化することもある)で高圧塔に供給される。そこで作られた液体窒素と液体空気が低圧塔に送られ、窒素と酸素に分離されるのは高圧型の装置と同じであるが、原料空気の圧力が低いため、エネルギー消費がかなり小さくなる。
 図3の高圧型も、図4の全低圧型も、蒸留塔の内部で液体空気や液体窒素が作られるが、実際の空気分離装置は、図1に示すようなイメージではなく、図2のように気体の空気を原料として気体の製品を製造するというものが正しい。
図4-深冷空気分離装置のダブルカラム
  一旦、全ての空気を液化して、これを原料にするというイメージからは、どうしても、エネルギーを多く消費するプロセスと思われてしまうため、空気分離装置はエネルギー多消費型装置と思われることが多い。しかし、実際は、できる限りエネルギーを回収し、省エネルギーになるように設計されている。たとえば蒸発や凝縮には、大きな熱移動を伴うが、蒸発器と凝縮器は熱的に結合されているため、液化のエネルギーがそのまま消費エネルギーになっている訳ではない。
深冷空気分離装置のプロセスに必要なエネルギーは、不可逆過程や機械の損失などを含めた全エネルギー消費が、分離エネルギー(空気を分離するのに理論的に必要なエネルギー)の数倍程度で済んでいる。熱力学的に必要とされるエネルギー(理論最小エネルギー)の数倍程度の製造エネルギーというのは、他の熱機関、分離装置と比べても非常に小さいと考えられる。ただし、原料が空気であり、原料コストや在庫リスクなどが全くないため、製造原価に占めるエネルギーコストの割合が大きく見えることは確かである。
「ガス採り機」と「液採り機」
   図2の右端に示すように、製品の一部を液体酸素や液体窒素として取り出すことがあるが、これらの液体は、ガス供給のバックアップ用に貯蔵され、一部は、タンクローリーなどで液体製品として配送されている。
 深冷空気分離装置の基本形は、このように気体の原料空気から気体の酸素と気体の窒素を生産し、これを配管(パイピング)で、周辺顧客へ供給し、一部を液体で生産するというものであり、これを通称「ガス採り機」と呼んでいる。
 これに対して、一部の深冷空気分離装置は、主に液体製品を生産する仕様となっており「液採り機」と呼ばれる。
 「液採り機」は、製品として取り出されるガスを液化するための冷凍サイクルを持っており、「ガス採り機」に比べるとかなり大きなエネルギーを消費する。
 「ガス採り機」は、顧客周辺(コンビナートや製鉄など)に設置され、パイピングでガスを供給する「オンサイトプラント方式(消費現場設置型プラント)」に採用される。「液採り機」は、地域の生産拠点に設置されて、そこから比較的小口の顧客へ液体製品がタンクローリーで配送される。
 液採り機が置かれるところは、「液酸工場」などと呼ばれる。「液酸工場」という名称であるが、液体の「酸」を製造しているのではなく、液体酸素、液体窒素、液体アルゴンなど、セパレーションガスの液体製品を製造・出荷する工場である。
 オンサイトプラントや液酸工場の呼び方は、事業各社でそれぞれ独自の呼称があるため統一はされていない(たとえば、大陽日酸(株)では「サンソセンター」、日本エアリキード(株)では「オキシトン」)。
 産業ガスの供給会社では、空気のセパレートガス・ビジネスを、①パイピング(ガス製品)、②シリンダー(容器、ボンベ)、③バルク(液体製品、タンクローリー輸送)という3つの形態で区別している。
 タンクローリーや液体の貯槽の方が、送ガス配管よりも目立つため、バルクの量が多く見えることがあるが、量はパイピングの方が圧倒的に多い。ただし、バルクは生産コスト(エネルギーコスト、設備コスト)、流通コストが高いため、ビジネス規模としてはパイピングと同程度になる。
 アルゴンは、酸素や窒素に比べて生産量が少なく、深冷空気分離装置から離れた場所で利用されることも多いため、製品はパイピングではなく、液体アルゴンとして採取、バルク供給されることが多い。
 シリンダービジネスも容器が目に見えるため、多く流通しているように見えるがやはりパイピングの方が圧倒的に量が多い。オンサイトプラント(ガス採り機)や液酸工場(液採り機)で製造されたバルク製品(液体酸素、液体窒素、液体アルゴン)が、「ガス充填会社」の「充填工場」に輸送され、ここで気化、圧縮されたガスが高圧ガス容器に充填される。シリンダーでガスを供給するというサービスがシリンダービジネスである。工業用、医療用、科学用など利用分野が多岐にわたり、品質保証と安定供給が非常に重要である。