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第99回 5章 ガスの化学、ガスの工学、ガスの化学工学と分離技術

 2018/12/09

  5−1 ガスの冷却・液化
  5−1−5  クロードの空気液化サイクル

5−1−5  クロードの空気液化サイクル
 リンデの液化サイクルは圧縮機と膨張弁で低温状態を作り出しているが、基本的には外部に(熱力学的な)仕事をしていない。水は高いところから低いところへ流れるが、水ポンプがあれば高いところへも送れる、熱も、熱ポンプがあれば温度の高いところへ熱を汲み出すことができるが、膨張弁だけでは、熱ポンプにならないため、寒冷は発生せず、理論的には液体空気を外に取り出すことができない。(リンデサイクルでわずかな液体空気が製造できるのは、圧縮熱を放出する過程で系外に熱を捨てているため)
 これに対して、図に示すクロードの空気液化装置は、膨張機を用いて外部へ仕事を行い、熱を外に汲み出すことによって、大きな寒冷を発生し、効率よく液体空気を作り出すことができるようになっている。
 図は、前述のリンデプロセスと同様に左側がプロセスフロー、右側がそれに対応する熱力学線図(T-s線図)であり、やはり同様に混合物である空気の線図は説明用の便宜的なものである。
 空気1が、熱交換器で冷やされ、膨張弁で膨張して一部が液化するところはリンデの液化装置と同じであるが、途中、一部の空気を抜き出して膨張機で膨張させ、外部仕事によって熱を系外に取り出している。膨張機とはガスが膨張する時のエネルギーで外部の機械、たとえば発電機やその他の機器を駆動するもので、ガスはエネルギー(ここではエンタルピー)を失って温度が下がると同時に熱を系外に汲み出す役割をもっている。
 膨張機における変化(断熱膨張)は、理想的には、等エントロピー変化(2→8)に近い。しかし、実際は機械の効率は100%ではないため、図の(2→8’)のような過程をたどり、「エントロピーが増大する不可逆過程」となる。
図5-5 クロード液化プロセス 図5-6 クロード液化プロセス
   膨張機は当初は、レシプロエンジンが用いられ、後にタービンが主流となったため、このような変化(断熱膨張)を「タービン膨張」とも呼ぶようになった。タービン膨張は、等エントロピー膨張よりは効率が低いが、膨張弁を用いる方法に比べると、非常に大きな「寒冷」を発生することができ、より多くの空気を液化することができる。
 なお、低温関係の機器の業界では、熱を系外に汲み出すポンプのような働きに対して「寒冷を発生させる」という言い方をよくする。これは「熱を発生させる」というものと逆の意味で用いられ、周囲よりもエネルギーが低い状態、低温の状態が生み出され維持されることが工業的な価値を持つため、このような表現がされている。たとえば、深冷空気分離装置で大量の液体酸素や液体窒素を製造しようとすれば大量の寒冷が必要になる、ということである。
 
   ジョルジュ・クロード(1870〜1960年、フランス)は、1902年に空気の液化に成功、ネオンやヘリウムを分離している。クロードが創業したエア・リキード社は、リンデ社と並ぶ最も大きな産業ガスメーカーのひとつである。
 クロードは、1898年にラムゼーが発見した新元素ネオンをガラス管内に封入して放電、非常に明るい照明器具を発明した。クロードネオン社のネオン管が広まり、ネオンサインは広告塔の代名詞になった。クロード社が開発した「アクアラング」も空気呼吸器の代名詞のように使われている。
 空気分離プロセスを発明し、産業ガスの礎を築いたクロードであるが、第二次世界大戦後には、連合軍に捕らえられナチス・コラボの罪によって終身刑となったが、海洋温度差発電などの研究功績が認められて釈放された。(欧州では、コラボという言葉は利敵協力者、とくにナチス協力者という意味で用いられている)
   クロードの時代の膨張機は、レシプロの膨張エンジンであったが、ピョートル・カピッツァ(1894〜1984年、ソ連)が、膨張タービンによる空気分離装置を実用化(1939年)した。現在の深冷空気分離装置の主流は、遠心式の膨張タービンを用いており、深冷空気分離装置で膨張機といえば全て膨張タービンを表わしている。
 なお、断熱自由膨張(等エンタルピー膨張)と断熱膨張(等エントロピー膨張)が言葉として似ており紛らわしいこともあり、前者をJT膨張、後者をタービン膨張と呼ぶこともある。現実的なプロセスでは、厳密な等エントロピー膨張は達成できないため、等エントロピー膨張に近いタービン膨張という用語が用いられる。膨張機と膨張タービンは同じ機械ではないが、サイクルの行程としては同じ意味があり、「等エントロピー膨張におけるエンタルピー変化」に対する「実際の膨張機のエンタルピー変化」の比を「タービン効率」と呼び、現実的な機械の効率となる。(図中もタービン膨張と記述した)
   タービンが行う外部仕事は、発電制動(回生制御)やガスの圧縮などで行われることが多く、液化装置や空気分離装置の中で消費され、圧力エネルギーを回収しつつ寒冷を発生させるシステムとなっている。
 深冷空気分離装置は、ハンプソン(英国)、リンデ(ドイツ)、クロード(フランス)によって100年前に発明された空気の液化サイクルがベースとなり、カピッツァ(ソ連)によって現在の基本形が完成した。産業の近代化に伴って、様々な改良がなされ、熱交換器、蒸留塔、膨張弁、膨張タービンが組み合わせた洗練されたシステムになっているが、基本は100年前と変らない。