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第88回 4章 ガスの科学と物質の階層構造

 2018/11/28

  4−5 小さな階層・ミクロスコピック

 

  4−5−3 小さな階層を放射線で観測する

 

X線の発見
 遠くのものは拡大しなければ観察しにくいが、小さなものも拡大しないと見分けられない。そのための仕掛けが必要である。遠くのものと近くのものを拡大する機器が発明されてきた。16世紀末、顕微鏡(microscope)が発明されたのとほぼ同じ頃に望遠鏡(telescope)、天体望遠鏡(可視光望遠鏡)が発明された。ケプラーの法則が発見されるきっかけとなったティコ・ブラーエの詳細な天体観測は、なんと肉眼によるものであったが、ガリレオ・ガリレイは、発明されたばかりの望遠鏡を用いて天体観測を行い、太陽の黒点、木星の衛星、天の川が星の集まりであること、など多くの天文学的発見をした。
 現在は、可視光以外にも、電磁波のほとんどの波長に対応する望遠鏡が開発されており、電波望遠鏡、赤外線望遠鏡、X線望遠鏡などが利用されている。光を含む様々な電磁波が遠くのものの観測、小さなものの観測、そして壁の向こうのものの観測に利用されている。
 
 表に電磁波の種類を示す。
 X線は、波長100μm〜10nmの電磁波である。その高い透過性によって壁の向こうにあるものまで観察できることがよく知られるが、小さなものを見る、遠くのものを見るのにも用いられている。ヴィルヘルム・レントゲン(1845〜1923年、ドイツ)は、X線を発見し(1895年)、第一回のノーベル物理学賞を受賞した(1901年)。

表-電磁波の種類

電磁波の種類

波長(m)

特徴

ラジオ波

104〜0.1

ラジオやテレビの送受信電波

マイクロ波

0.1〜10-3

電離層で反射されない

赤外線

10?3〜8×10-7

物質に吸収されると熱を生じる

可視光線

8×10-7〜4×10-7

人間の目が光として感じる

紫外線

10-7〜10-8

ほとんどの物質に吸収され、光反応が起こる

X線

10-8〜10-12

透過力が強い

γ線

10-11以下

透過力が極めて強い

 カール・フォン・リンデ(1842〜1934年、ドイツ)は、ルドルフ・クラウジウスの元で学び、空気分離装置を発明したが、レントゲンもクラウジウスに刺激されて物理学に興味を持ち、クラウジウスの後任のアウグスト・クントに師事して気体、熱力学、物性に関する研究を行った。 レントゲンは、高圧下でのガスの物性の研究を行う過程で、放電管の実験を行い、これがX線の発見へとつながった。X線は最初に発見された放射線であるが、レントゲンは、電磁波や放射線の専門家ではなく、クラウジウスやリンデと同じ熱力学と気体の研究者である。
 
19世紀の天才物理学者、ルドルフ・クラウジウス
エントロピーの概念を提唱、特に熱力学の分野で数々の業績を残した。
カール・フォン・リンデ
クラウジウスに師事し、熱力学を実学に応用、深冷空気分離装置を実用化し世界的産業ガス企業リンデ社を設立した。

X線の発見で第一回ノーベル物理学賞を受賞したヴィルムヘルム・レントゲン。
クラウジウスの系列の研究室で熱力学、ガスの物性の研究を行っていた時に偶然発見したX線は世界に知れ渡り、様々な産業に活用された。
   X線は、未知の電磁波であったが、強い透過力から得られる「X線写真」が一般の人々ににも非常に分かりやすかったため、レントゲンの成果は、すぐさま世界中に広まった。
 X線は、そのエネルギーによって分類され、紫外線に近い低エネルギーの「超軟X線」、「軟X線」からエネルギーが高く透過性が強い「硬X線」まであり、非破壊検査や健康診断などに用いられている。
 医療用の、X線撮影(X-ray Photograph)が広く普及し、現在では、コンピュータを用いたX線-CT装置などが開発されている。日本語では放射線を用いた透過撮影全般をX線撮影と呼ぶことが多く、あるいはヴィルヘルム・レントゲンに因んで「レントゲン写真」などともいわれる。
 英語では、放射線撮影をラジオグラフィ(radiography)と呼び、X線撮影はその一部である。工業用の非破壊検査にもX線が用いられている。X線源には、X線管・高電圧発生器・制御器からなるX線発生装置がある。陰極フィラメントを加熱して熱電子を放出、陰極陽極間に高電圧を与えて、電子を加速、陽極のターゲットに衝突させてX線を発生させる。
   X線を人工的に作る方法としては、X線管球によるX線発生(制動放射+特性X線)とシンクロトロンによるX線発生(シンクロトロン放射光:制動放射)などがある。 シンクロトロン放射光を用いる方法では、電子を加速させるための大型の加速器が必要となり、非常に大がかりな装置となる。日本ではSpring-8、KEKのPhoton Factoryなどが知られる。
   X線を発生させるためにはそれなりの装置が必要となる一方、非常に簡単な作業でX線が発生することがあり、粘着テープを真空中ではがす時の発光現象(トリボルミネッセンスと呼ばれる摩擦による発光)にX線が含まれているという実験結果が発表されたことがある(UCLA、2008年)。これを掲載したのが、Nature誌であったため、一時、粘着テープを剥がすと放射線が出るということが話題になったが、真空中でなければ十分なX線が発生せず、通常の環境下でテープを使用してもX線被曝の可能性はないことが分かり、それ以上の騒動にはならなかった。
 欧米の研究者は実験室でテープを使うことが多いのだろうか、これ以前にも粘着テープ剥離法によるグラフェン作製(2004年)が大きな話題となり、2010年のノーベル物理学賞につながっている。
α 線、β 線、γ 線の発見
   X線の発見後、天然の放射性物質から出る他の放射線が発見された。初めて放射線が見つかった時の未知の記号「X」線と同じように、異なる3種類の放射線には、α、β、γ と記号がつけられた。その後、アルファ線はヘリウム4の原子核、ベータ線は電子、ガンマ線は電磁波であることがわかったが、名前や記号はその時のまま残っている。放射線の名前は、X線、α線、β線、γ線と当初の謎めいた記号が後世に受け継がれており、われわれが肉眼で見ている「光」も電磁波・放射線の一種であるため、粒子記号は γ がそのまま使われている。
   アーネスト・ラザフォード(1871〜1937年、ニュージーランド)は、α線、β線を発見(1898年)、α線を用いて、原子の中の構造を調べた。その散乱実験から、原子核は、原子の中心部にほんのわずかな空間を占めるだけで、原子の中はほとんどが空っぽであるという、現在ではよく知られている原子の基本的な構造が明らかになった(1909年)。ラザフォードは「原子物理学の父」とも呼ばれ、物質の基本構造の解明や近代物理学に多大な貢献をしたが、なぜかノーベル物理学賞ではなくノーベル化学賞を受賞(1908年)している。
 なお、γ線は、ポール・ヴィラール(1860〜1934年、フランス)によって発見されたが(1900年)、当初はあまり注目はされずヴィラールも研究を継続しなかった。しかし、ラザフォードによってこの「電荷を持たない透過性の高い放射線」は電磁波であるということが示され、後に γ 線と命名された(1903年)。
 
酸素を発見したプリーストリ 窒素を発見したダニエル・ラザフォード アルゴンを発見したラムゼー α線を発見、原子核を発見したアーネスト・ラザフォード。
 
   現在は、さらに小さな構造を調べるために衝突型加速器など様々な道具が用いられている。
 最も有名なのは、スイスとフランスの国境をまたいで建設・運営されている欧州原子核研究機構(CERN、セルン)の施設で、ここには、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)など6種類の粒子加速器があり、ニュース映像などでしばしば紹介されている。LHCは全周27kmもある巨大な加速器で陽子ビームどうしを衝突させて高エネルギーを発生させて素粒子の反応を研究する装置である。2年間の大規模な改造工事を終えて2015年より実験が再開されている。