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第85回 4章 ガスの科学と物質の階層構造

 2018/10/25

  4−4 大きな階層・マクロコピック

修正 2018/11/25

  4−4−5 人の生存圏、104m〜

 

地球と宇宙の境界
 地球の大気圏(atmosphere)は、地球と宇宙の境界線である。外気圏(exosphere)と呼ばれる最高層の大気は、地表面からの高度800km〜1万km(107m)の範囲にあり、地球の大気圏は、地球の直径と同じくらいの大きさがあり、想像以上に大きい。
   大気は、鉛直方向に多層の構造をしており、宇宙との境界という意味での大気圏は、外気圏までであるが、異なった分類法もあり、ロケット打ち上げ時の「大気圏脱出」や、カプセルなどが地球に帰還する時の「大気圏再突入」などで使われる「大気圏」は、高層の熱圏や外気圏を大気に含めず、成層圏から中間圏の上あたりを指している。
   テレビ放送や通信に利用される静止衛星は、赤道上にあり、高度35,786km(3.6×107m)であり、かなり地球から離れており、地球の大気圏の外にあるため、大気の影響を全く受けていない。地球の自転速度と人工衛星の公転速度が一致し、地上から常に同じ位置に人工衛星が見える「静止軌道」は、赤道上のこの高度の真円しかないため、多くの静止衛星(放送衛星、通信衛星、気象衛星など)が集まる宇宙の過密領域である。欧州、米国、アジア上空が特に過密であり、国際連合の専門機関である国際電気通信連合が、混雑する静止衛星の調整(軌道ポジションと周波数の調整)を行っている。
   現在では、非常に身近な存在となったGPS衛星であるが、その高度は、20,200km(2×107m)である。この人工衛星も大気圏外(地球の外)にあるため、大気抵抗で軌道が変わることはない。階層が2桁小さく、地表面からの高度が、4×105m(450km)になると国際宇宙ステーション(ISS、278 km〜460 km)の飛行高度になる。ISSは、地球と宇宙の観測、宇宙環境を利用した研究のために運用されており、宇宙機としてはかなり低い軌道を周回、大気圏内の熱圏を飛行している。3.6万kmや2万km といった高い位置にある静止衛星やGPS衛星からみると、宇宙ステーションは地球に貼りついたように近いところにある。
   大気圏の内側が「地球」、外側が「宇宙」であるが、その境界は明確ではないため、国際航空連盟では、高度105m(100km)の仮想線をカーマンラインと呼び、宇宙と地球の境界としている。
   カーマンラインは、最高層の大気圏よりも2桁も小さいが、宇宙速度(脱出速度)に関する線であり、カルマン渦で有名なセオドア・フォン・カルマン(1881〜1963年、ハンガリー)にちなんで命名されている。ISSの軌道はカーマンラインより上にあるため、宇宙ステーションと呼ばれ、周囲の気圧は非常に低く、低重力の環境となっている。真空や無重力ではないが、空気や重力の影響が少ない環境での観測や実験が可能である。
  第23回 理想気体の科学(3)大気と空気 A大気の構造
大気の最下層、104m
   大気の一番下の層は、地表面から高度104m(約1万m)までの対流圏である。対流圏の大気を「空気」と呼ぶ。地下資源を評価する時に用いられる「クラーク数」では、「地圏(ちけん)」を海面下10マイル(1.6×104m)と設定しており、対流圏と地圏は、ほぼ同じ厚さである。最も深い海は、水深10,911m(1.1×104m、マリアナ海溝)、最も高い山は、標高8,848 m(104m、エベレスト山頂)である。
 104mの範囲に、空・海・陸(山、地下資源)が収まり、この階層は、星としての地球(直径107m)より3桁も小さいが、人類にとっての「地球」(空気、水、大地)の全てがこの厚さの中にある。
山や海、103mの階層
   対流圏から水圏にかけて、生命の生存圏となる。超高層大気や大深度の地下における有機物の合成や生命の存在も研究されているが、現在のところ対流圏、水圏、地表面が主な生存圏である。さらにもう一桁小さい、103mからは人間の生存可能な領域が現れる。
   より具体的には、高山病が発症する可能性が高くなるとされる標高2×103mより下、海面高度までの空間が、実質的なヒトの生存圏であり、海中には住める環境がない。高度が高くなると気圧が下がり、空気が薄くなるが、そのような場所にも人が暮らす環境がある。
 たとえば、ボリビアのラパスは、標高4000mにある人口90万人の大都会であり、世界にはこのような高地都市がいくつかある。しかし、このような場所はどちらかといえば例外的であり、世界人口の圧倒的多数は、低地に住んでいるため、標準の大気圧は、海面近くの値が採用されている。
   生存圏という用語は、一般的には地政学的に自給自足が可能な領土や政治支配圏を指すが、自然科学の場合は、生物の「生存圏科学」の領域に用いられる。生存基盤研究を行っている京都大学の「生存圏研究所」では、「人間生活圏、森林圏、大気圏、宇宙圏など人類の生存に必要な領域と空間」を生存圏と定義している。
工業製品、102m〜104m
   102m〜104mの階層になると天然物の他に、人間が作る構築物や人工物、ビル、船舶、橋梁などが現れる。 長大橋、丹陽−昆山特大橋(中国)は、長さ105m(164.8km)、ドバイの高層ビル、ブルジュ・ハリファは、高さ103m、(828m)、かつて就航していたノルウェーの巨大石油タンカー、ノック・ネヴィスは、全長5×102m(458m)。人間が作るものの階層の上限は、およそ、このあたりにある。 多くの工業製品が、10-1m〜102mの階層にある。MEMSやマイクロマシンなどはもっと小さいが、日常、手に触れたり見たりすることのできる製品の大きさは、マイクロSDカードで15mm×11mm、列車の車両長は約20m。したがって、よく目にする工業製品は、およそ10-2m〜101mの階層の中に納まっている。産業ガス製品は、工業製品であるが、その階層は、10-10mである。
生物(微生物を除く、顕生代以降の生物)、10-2m〜10m
   植物は、10-1m〜10m、大きな植物では102mもある。動物は、10-1m〜100m、大きくても101m程度までである。人間の大きさは、100mの階層、生まれたての赤ん坊から大人までおよそ、0.5〜2×100mの間にある。肉眼で観察できる多くの動植物が10-2m〜10mの階層にある。微生物(microorganism)は、この階層よりも小さく、およそ10-4m以下である。
大きな階層と重力
   大きな階層は、宇宙の大きさから、ナノスケールより少し大きいところまでのマクロスコピック領域に広がっている。非常に広い範囲にあるが、数字にすると、1027〜10-8mと非常に簡単に書けてしまう。
   ミクロスコピックの階層は、人間の階層からかけ離れた常識が通用する世界であるが、メゾスコピックよりも大きいマクロスコピックの階層の現象は、ほぼ同じ法則で記述することができる。顕微鏡で見える程度の階層から上、動植物界や地球上の多くのものが、同じような法則に従っているということは、これらが同じ階層・大きさの中にあるということであり、19世紀までの古典的な科学で説明することができるということである。
   しかし、大きな階層は全て同じかというと、実際はそうではなく、「重力」が働く、重力が無視できないところから先は同じマクロスコピックでも話が違ってくる。
   重力は、ニュートンの時代の解釈では「全ての質量の間に働く万有引力」である。万有引力は、全ての質量の間に働くが、人間の階層では、無視できるほど小さい。
 重力は、他の力(強い相互作用、弱い相互作用、電磁力)にくらべて30桁から40桁近くも小さい。たとえば10円玉くらいの大きさの磁石どうしは簡単にくっつくが、2つの10円玉が万有引力でくっつくという場面を見ることはない。重力はあまりも小さな相互作用であり、人間同士や人間とモノとの間に働く引力は無視される。
 しかし、物を持ち上げたり、坂を上ったりする時に非常に大きな重力を感じるので重力は非常に大きいと感じることもある。しかし、これは地球という大きな質量があって初めて感じることができる力である。小さな永久磁石で鉄のクリップを引き寄せることは容易であるが、これを重力で引き寄せようとすると「地球くらいの質量」が必要であるということである。物理や化学の式の中に、重力の項は、天体があってはじめて現れる。
   106mより上の階層、天文学の領域からは重力が無視できなくなるため、引力の記述が必要となる。
   地球(107m)は、大きな質量を持ち、地球、月、太陽などの天体の間に働く重力は無視することができないほど大きくなる。地球上の空気や水や生物は、それ自体の質量は小さいが、相手が地球という大きな質量を持つ天体であるためその重力を無視することができない。われわれは、地球の引力圏(重力圏)から逃れることができないため、地球上で起こる現象を記述する時には、必ず地球との間の相互作用、地球の重力加速度が考慮される。
   地球は完全な球形ではなく、自転をしているため緯度と標高によって重力加速度は異なるが、平均的な値としてg=9.80665 m/s2という「標準重力」が与えられている(1901年、国際度量衡総会)。この値は、平均値であって様々な場面で簡易的な計算に使用されている。しかし、実際の重力加速度は、この値ではないので、たとえば、重力を利用した重量計では、使用する地域によって補正をしなければならない。家庭用の体重計であれば日本国内でも2〜3通りの地域設定(初期設定)があり、タンクローリーなどの重量を測定するトラックスケールであれば、設置する地域に応じて、より詳細な重力加速度の入力が行われている。
   一方、天秤ばかりを利用する重量計では、比較する分銅との釣り合いから重量を測定するため、使用する場所による補正の必要がない。そのため、非常に精度の高い混合ガス、たとえば、標準ガスの分析のさらに標準となるような高精度のガス(標準ガスの標準ガス)を製造する場合は、容器とガスの重量を測定する専用の精密天秤が用いられる(非常に特殊な機器なので数は非常に少ない)。(本当に厳密に言えば、天秤の左右にかかる重力加速度も全く同じということはないが、それ以外に考えられる誤差の要因に比べて、全く無視できるほど小さいはずである。)
   なお、「電子天秤」と呼ばれているものの中には、実際は、分銅を用いずにロードセルや電磁式の重量計であることが多い。この場合は、天秤という名称が使われていても、重力加速度の影響を受けるため、標準分銅を用いた校正が必要である。
産業ガスと重力加速度
   地表面の気圧も深海の水圧も全て地球の重力によるものであり、高さ方向でかかる圧力が異なる。深いほど大きな力がかかるため、圧力が高い。
   深冷空気分離装置の設計範囲では、設置する場所の詳細な重力加速度の測定や補正までは考慮されない。しかし、鉛直方向の力(地球の重心へ向かう力)は重要であり、液ヘッド(液柱)やガスヘッドが考慮される。配管中の液体の鉛直方向の高さの違いは、圧力に影響するため、装置の中の圧力分布が詳細に計算される。
   液ヘッドを利用したものに低温液化ガスの液面計がある。液体窒素や液体酸素の貯槽の液体の量を測る「液面計」は、気液の界面の位置、液面の高さを測定しているのではなく、液体のヘッドを測定し液体の組成や密度から液面の位置を計算し表示している。頂部の蒸気相の圧力と容器底面の圧力では、液体にかかる重力の分だけ底部で測定される圧力が高いため、この差が液ヘッドとして求められる。液面計の正体は差圧計である。貯槽の中の液体窒素や液体酸素の温度と圧力は大きくは変わらず、密度の変化も少ないため、差圧計の目盛(液ヘッド)をそのまま液面の高さとして読み取ることが行われている。厳密には、温度による液体の密度の変化、地域による重力加速度の違いがあるが、一般的な貯槽では、その都度の補正は行わずに、液面計が示す目盛をそのまま利用している。
   ガスにかかる重力というのは、実感としてつかみにくいが、地球の大気や空気は、地球の引力によってとらえられ、宇宙空間に散逸せずに留まっていられる。小さな密閉空間に閉じ込められた流体の圧力はどこでも等しいが、さすがに地球の大きさになると、地表面では圧力が高く、高度が上がるにつれて気圧が低下する。
 一般的な化学装置では、ガスの密度が小さい、あるいは気液の密度差・密度比が大きい場合は、ガスの重さが考慮されないこともある。たとえば、同じ物質の気体と液体の密度比が1000倍くらいある時は、ガスの重さが無視されることが多い。しかし、深冷空気分離装置の中にある低温のガスの密度は、5〜30kg/m3と比較的大きいため、気液の密度比は、およそ30〜200倍程度しかない。したがって、高低差のある配管や機器の配置によっては、ガスの重さ(ガスヘッド)を考慮した設計が必要となる。