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第77回 4章 ガスの科学と物質の階層構造

 2018/09/14

  4−2 階層と尺度
改訂2018/10/23,11/27
   4−2−2 異なる階層の観測・波の観測  

4−2−2 異なる階層の観測・波の観測
(1)波の観測・音の観測
「観測されないということ」と「存在しないということ」
   階層を意識することは、われわれが自らの位置をより客観的に理解するために必要なことである。また、階層の理解が重要と思うのには、次のような理由もある。①階層が異なると常識が大きく変わる②階層が異なると技術領域が変わり、観測や取り扱いの手法も異なる③産業ガスのビジネスは、分子と原子を取り扱うことが多く、さらに同位体や原子核の議論もあるため、一般の化学産業とは少し階層が異なる④ガスの物性やガスの液化を理解するには、特に小さな階層の知見が必要となる⑤産業ガスのユーザーが対象とする階層は非常に広い。
 産業ガスのユーザーは、鉄鋼、化学から物性物理(半導体や超電導)、生物医療分野などに広がり、対象とする階層が非常に広い。さらに研究用のガスや特殊な機器のユーザーには、アカデミーや研究機関も多く、極めて小さな階層を対象とする実験物理学からとてつもなく大きな階層である宇宙分野(観測、開発、理論)まで、われわれのユーザーが対象とする領域は、ほぼ全ての階層に広がっている。提供する素材のほとんどは「分子」であるが、対象となる技術の範囲は非常に広い。
 また、上の階層は、下の階層に支配される。ヒトは、自らの細胞や他の微生物の機構に支配され、それは、生体反応、化学反応に支配され、さらに分子、原子と、ずっと下の階層の持つ性質や法則に支配されている。上の階層は、下の階層の支配・法則からは逃れることができない。何かを調べようとすると、どんどん小さなものを観測することになるのは、基本的な法則は、より小さな階層から始まり、その法則に縛られているからである。
  先人たちは、眼の前には見えない何かが存在すると考えた。そして、風の正体が空気という生物にとって非常に重要な物質であることを突き止め、その実体は、空気の分子というとてつもなく小さなものであることを突き止めた。そして次々に下の階層を調べていき、物質の基本である電子やその他の素粒子にまでたどり着いた。
   われわれは、ほとんどのものを直接、観測することができない。20世紀初頭まで、ほんの100年ほど前まで、分子や原子の存在は実証されておらず、エルンスト・マッハ(Ernst Waldfried Josef Wenzel Mach、 1838〜1916年、オーストリア)のような極端な実証主義もあった。マッハは、認識されないものを存在するというのは科学的ではないと考え、分子・原子の存在(粒子論)を前提として熱力学を構築してきたルートヴィッヒ・ボルツマン(Ludwig Eduard Boltzmann, 1844〜1906年、オーストリア)やマックス・プランクと対立、大きな論争を繰り広げた。マッハの認識論では、科学と心理学が一体となり、われわれが物体とか物質と呼んでいるものは感覚であって、実体ではないと主張、原子論的世界観やエネルギー保存則など、現在では定説となっている科学を誤った観念として批判した。
 マッハは、哲学、物理学、科学史、心理学、生理学、音楽学などの様々な分野の研究を行い、幼少期のニールス・ボーアにも大きな影響を与えたと言われる。また、超音速の研究でも知られ、現在も「マッハ数」としてその名前が残る。しかし、その科学思想は、現代のものとは大きく異なる。
   空気もそこに含まれている酸素も人の目には見えず、透き通っている水もその中に何が含まれているのかを見ることはできない。階層が異なるということは、基本的には、見えないということである。
 ヒトが感覚によって得る自然界の情報は、ごくごく一部であり、ありのままに見えている自然は、自然の本質とは全く異なっている。科学の目があれば、見えない不思議や見えない恐怖の本質を理解することができ、それを利用することができるようになる。
「見るということ」と「聞くこと」「訊くこと」
   「百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず、百行は一果にしかず…」という故事が知られる。
 解釈は様々ありそうである。「百聞は一見にしかず」は「人に聞くより見た方が早い」ととれるが「「いくら人から聞いても、自分で見なければ本当のことはわからない」とも、あるいは「聞くよりも見る方が100倍も理解できる」ともとれそうである。
 聞くことと見ることには大きな差がありそうである。階層を聞く技術、見る技術について整理をしたいと思う。
   実際に自分の目で見たもの以外は信用しないという人がいる。しかし、ほとんどの人が、空気中に21%の酸素があることや、地球の上にいくつもの大陸や国があるといったことを、自分で確かめたことがない。
  空気中の酸素は見えず、数えることもできず、たいていの人は分析する術がない。ほとんどの知識は、自分で体験して得たものではなく、誰かに聞いたり、学校で習ったり、本で読んだりして得たものである。科学の知識の大半は自分で得たものではなく体験したものでもない。先人から学ぶものばかりである。
   空気やガスの研究では、見えない空気の分子を理解するために、「温度」や「圧力」や「エネルギー」が発明されたが、これらは、概念的なものであり、実体ではない。間接的な現象を通じて、温度や圧力の「値」を求めたり、エネルギーの量を計算したりすることはできるが、それはただの数値である。
 しかし、科学研究の基本は「人による自然の観察」であり、ヒトのもつ重要な感覚、聴覚(音)と視覚(光)が科学の出発点である。
   音と光は、いずれも「波」であり、波を通じたヒトと自然の相互作用が科学の原点である。波は、古くから重要な科学の研究対象となってきた。多くの科学者が波の研究者である。先人たちが残してくれたガスの科学や産業技術を継承するためには、彼らが発明してきた波の観測方法や理論を知る必要がある。
 「百聞は一見にしかず・・・」、この故事の本当の意味は、「いくら聞いても見なければわからない」、「いくら見ても、考えなければ前に進まない」、「どんなに考えても行動しなければ進まない」、「どんなに行動しても、成果を残さなければ成長しない」という行動指針ということらしい。人は受動的であるよりも能動的であるべきとの教えのようである。しかし、ガスの科学を自ら探求し体験しようとすると、非常に大きな危険も伴う。産業ガスや現代物理学の歴史は120年もある、まずは、100回くらい聞いて、先人たちから学ぶことが重要である。
音の情報
   「百聞は一見にしかず」は、現場に行って見ることの重要性を説いているが、聞くよりも、見る方がよく分かるといっているようにも聞こえる。
確かに、光の情報からは、形状や色彩などの様々な空間的情報が得られる。話で聞くよりも映像で見る方が、たくさんの情報が得られたような気になり、現物を目の前にすると、より印象的である。しかし、ヒトの感情や感動と実際の自然界の情報は同じものではない。どちらかと言えば、かなりかけ離れているのかも知れない。聴覚(音)情報よりも視覚(光)情報の方が情報量が多いと考えられているが、情報は量だけではない。音と光は、それぞれが異なった性質の情報を伝えているので、簡単な比較はできそうにない。
 たとえば、ヒトの場合、捉えられる映像は前方に限られるが、これに対して、音は基本的に全方向から伝わってくる。ヒトが感じることができる光の波長領域は狭いが、音の場合は波長領域が非常に広く、また、時間軸に対して波長とエネルギーと方角の情報を伝える。
 可視光線は、貫通力が小さく、壁で遮られるため、壁の向こう側を見ることはできないのに対して、音が壁を貫通する能力は高く、条件によっては壁の向こうの音が聞こえる。したがって、見たくないものを見ないようにすることは、比較的容易であるが、音は全方向から壁を越えて伝わり、聞きたくない音を聞かないようにすることは、簡単ではない。
   音は、主に空気や水の中を伝わる波であり、ヒトの聴覚は、主に空気の振動を感覚としてとらえる。ボイルが真空ポンプや空気ポンプを用いて空気の研究をはじめた頃、音は真空中を伝播しないことが分かっていた。
 音の伝播には、気体、液体、固体のような媒質(弾性体)を必要である。音が空気中を伝播するとき、空気の密度は、音の進行方向と同じ方向に変化し、振動が疎密波(compressional waveまたはpressure wave)として伝播する。疎密波は、縦波(longitudinal wave)である。
 基本的に音は縦波であるが、固体中を伝わる時には、振動が進行方向に垂直の横波(transverse wave)の成分が含まれることもある。地震によって発生する波には、縦波(粗密波、圧力波、pressure wave)と横波(ねじれやせん断によって生じるせん断波、shear wave)がある。
 縦波の方が、到達時間が早いため、第一波(primary wave)、横波の方が後から到達するので、第二波(secondary wave)という呼び方もあり、頭文字は、「粗密波P波/せん断波S波」と同じく「第一波P波/第二波S波」である。
   媒体を伝わる波(振動)を動物の聴覚器官がとらえ、それが音として認識されることが古くから知られている。
空気中を伝わる音波(acoustic wave)を取り扱う、音学(musicology)あるいは音楽(music)は、古代より数学の一部として理解されて、多くの音律が研究されてきた。近代になって錬金術が科学に置き換わってからは、媒体中を伝わる音は物理学の重要な研究対象となった。
トマス・ヤング
 
  トマス・ヤング(1773〜1829年、イングランド)は、エネルギーの概念を提唱した物理学者であるが、本業は開業医であり、音楽家である。ヤングは、医学と音楽と物理学の3つの立場から波を研究した。音の研究からヤング音律を発明し、光の研究からは、乱視、光の三原色、光の干渉を発見した。
 音の研究で重要なのは、弾性体の研究であり、弾性体の基本となるのは、フックの法則(1676年)である。フックの法則における、同軸方向のひずみと応力を関係付ける比例定数(縦弾性係数)はトマス・ヤングに因んで、「ヤング率」と呼ばれる。同時代のシメオン・ドニ・ポアソン(1781〜 1840年、フランス)が提唱した、応力に直角方向に発生するひずみと応力方向に沿って発生するひずみの比は「ポアソン比」と呼ばれる。
 17世紀、ロバート・フックの科学業績の多くが、ニュートンによって抹消されてしまったが、弾性体の研究はフックの法則から、1世紀半もの時を経て、やっとヤングやポアソンによって再開されることになった。 ヤング音律、ヤング率だけではない、「エネルギー」を発明した科学者トマス・ヤング
ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
 
 ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ(1821〜1894年、プロイセン)もヤングと同じく医者であり物理学者であり波の研究者である。光の残像、耳の知覚、三原色と色覚異常の研究が知られる。
 物理学者としてのヘルムホルツは、熱力学における(ヘルムホルツの)自由エネルギーの提唱、エネルギー保存則の発見、電気二重層のヘルムホルツモデルなど重要な結果を残している。(熱力学の第一法則として、ヘルムホルツの他にロベルト・マイヤーとジェームズ・プレスコット・ジュールがそれぞれ独立して発見している)
 音の研究では、音色(音の波形)、倍音、共鳴、強度など音や音楽に関する重要な理論が有名である。ギターやバイオリンなどの開口部を持つ楽器は、「ヘルムホルツ共鳴器」と呼ばれ、周波数分析装置やスピーカーはヘルムホルツの共鳴理論を利用している。
   表に音と波の主な研究者を示す。物理学者の多くが音波の研究を行っており、物理学、熱力学、音学は密接につながっている。
 

表 音、波の研究者

研究者

医学

その他

ヴィンチェンツォ・ガリレイ
(1520〜1591年)

音響研究に数学手法を導入、和音

 

 

作曲家、音楽理論家
実験結果の定量的記述

ロバート・ボイル
(1627〜1691年)

音を伝える空気の存在を実証

 

 

ボイルの法則

アイザック・ニュートン
(1643〜1727)

音速の研究

虹の研究
粒子説

 

ニュートン力学

ダニエル・ベルヌーイ
(1700〜1782年)

波動方程式

 

 

ベルヌーイの定理

ウィリアム・ハーシェル
(1738〜1822年)

 

赤外線の発見

 

音楽家、天文学者

ピエール=シモン・ラプラス
(1749〜1827年)

音速理論の確立

 

 

数学

ジョン・ドルトン
(1766〜1844年)

 

 

色覚の研究

ドルトンの原子説
太陽のドルトン極小期

ジョゼフ・フーリエ
(1768〜1830年)

フーリエ解析

 

 

熱伝導のフーリエの法則

トマス・ヤング
(1773〜1829年)

ヤング音律

三原色
光の干渉
波動説

乱視の研究

エネルギーの発明
弾性体の研究、ヤング率
音楽家、医師

ゲオルク・ジーモン・オーム
(1789〜1854年)

音色の認識

 

 

オームの法則

クリスチャン・ドップラー
(1803〜 1853年)

音のドップラー効果

 

 

(光は横波であるが、音と同じくドップラー効果がある)

ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ(1821〜 1894年)

共鳴理論
倍音の研究

三原色

色覚
光の残像
耳の知覚

自由エネルギー
電気二重層、渦、
エネルギー保存則
音楽家、医師

ジョン・ウィリアム・ストラット
(1842〜 1919年)

レイリー波
可聴域

レイリー散乱

 

アルゴンの発見

 
 ヒトの聴覚は全ての音を感じることができない。他の動物が感覚器で感じることができる音であってもヒトが聞くことができない音が存在するということが、古くから知られている。
  ヒトの「可聴音」の範囲は、周波数で表わされ、およそ20Hz〜20kHzであるが、周波数の高い方は、個人差や年齢差があり、全ての人が可聴音を認識できるものではないため、研究の方法が難しいが、19世紀末には、電磁気学と熱力学で有名なルートヴィッヒ・ボルツマンや古典力学の大家レイリー卿がヒトの最小可聴値(閾値)の測定を試みている。
  一般的にヒトの聴覚の可聴範囲は非常に大きい。図にヒトの可聴域を音階(西洋の五線譜)で示す。一般の可聴音より少し広い11オクターブ、C−1〜C11、8Hz〜32kHzを示している。
 音符にしてみると、可聴範囲が非常に広いことが分かる。
 ここでヘルツ(Hz)とは、波の振動数を表わすSIの組立単位であり、一定周期で起こる事象を表現する時に用いられ、波の場合は、1秒間に1回の周波数・振動数(1/s)を表わす。
図-ヒトの可聴音
(一般的には20Hz〜20kHz)
   周波数 f は、波の周期を  T  とすると 、音の伝わる速さを v 、波長を  λ  とすると、 と表わされる。
「周波数」と「振動数」
   ここで、英語では、frequencyとひとつの単語で表されている言葉が、日本語では「周波数」(波の数)、「振動数」(往復動の回数)と2つの言葉にして使い分けられている。両者は、全く同じものであるが、工学分野(電気、電磁波、音響)では周波数、力学の場合は振動数が用いられることが多い。表2-2-6に波の表現方法の例を少し整理する。光の場合は、真空中の速度が一定であるため、光速度を振動数で割った「波長」で表現することも可能である。特に可視光線は、振動数ではなく、波長で示されることが多い。
    科学・技術の用語の中には、この ”frequency”を「周波数」、「振動数」の2つの日本語に使い分けるような例とは逆に、英語の用語が多く日本語の用語の方が数が少ないという例が多い。そのために、日本語ではどうしても意味が正確に伝わらないことが多い。たとえば、英語では oscillation と vibrationと異なる用語で表されている現象が、日本語では「振動」というひとつの用語になってしまうため、2つの現象を言葉では区別できないことがある。
   また、日本語で、ひとくくりに「渦」「渦巻き」と呼んでいるものの中には、様々に異なる現象が含まれており、英語では、vortex、eddy、swirl、spiral、などいくつもの単語がある。気体や液体などの流体を取り扱う時には、日本語の「渦」が、実際は、何を意味しているのかに注意する必要がある。
 

表 日本語が少なく、分かりにくい技術用語の例

日本語

英語

意味

用例

振動

oscillation

長周期の振動

周期振動、スロッシング

vibration

短周期の振動

機械振動

motion

振動、動き

地震動:ground motion

vortex

渦巻き、旋風

渦度vorticity、台風の渦、カルマン渦:Karman vortex street

eddy

風の渦巻き

乱気流、スワール

swirl

ふらふらの渦

シリンダー中心軸まわりの横渦、スワール比

spiral

螺旋形、渦巻き

渦巻銀河 spiral galaxy

whirlpool

水の渦巻き

渦流浴、鳴門の渦潮

whirlwind

旋風、渦

 

tornado

旋風、竜巻

水上竜巻waterspout
陸上竜巻landspout

回転、渦

spinning

回転、渦

スピン

rotation

回転、渦

ローテーション

circulation

循環、渦

蒸留塔トレイ上の旋回流

swinging

回転

 

周波数

frequency

振動数と同じ

音の周波数

振動数

周波数と同じ

光の振動数

音の記録
    空気の振動は、すぐに減衰して消えてなくなる。音は、その到達距離が短く、音源(発生源)のすぐ近くで、短時間しか感じ取ることができない波の情報である。そのため、音を記録する方法にひとつとして、音楽では楽譜(music)が発明され、音符(note)に記されるようになった。音(note、sound)そのものは、空気中に残らないため、音をもう一度聴くためには、記録に従って再演しなければならない。
  しかし、たとえ、同じ楽譜で同じ演者、同じ楽器であったとしても、全く同じ演奏を再現することはできないので、楽譜を用いた音楽の演奏は、音の記録というよりは、再現方法・手順の記録である。
 より原音に近い音の記録を行うために「録音」の技術が開発された。波の波形(波の成分を合成したもの)、周波数、強度などの音の情報を記録し、その情報を元に音を再現する技術である。
  記録される音が再現される時空(場所と時間)は、原音とは同じではない。音を異なる場所、遠隔地などに伝える場合には、ラジオ、電話、無線などを通じて情報を伝え、その情報に基づいて、受け手のスピーカーが周辺の空気を振動させて音が再現される。空気の組成は同じなので、ほぼ同じ音が再現されるが、圧力と温度は、場所と時間によって異なるため、厳密には同じ音にはならない。
 時間と空間を超えて、音を未来に伝えるために、音の情報の記録システム(録音記録)が開発されている。情報は音の要素として記録され、遠隔地への情報送信と同じ様な方法で再生される。
  音を未来に伝える技術と音を遠くに伝える技術は、いずれも19世紀中盤以降に開発されたものであり、最初に音源を記録した「フォノトグラフ(phonautograph) 」は1857年、「電話機(telephone)」は1876年に発明された。トーマス・エジソンが蓄音機(gramophone)を実用化したのは1877年である。
   近年は、音の記録のために音のデータのデジタル化が行われるようになり、空気の振動データを、ある頻度でサンプリングしてその波形をデジタル化し、数値データとして取り扱うという方法が一般的となっている。
  サンプリングの頻度は、「サンプリング周波数」あるいは「サンプリングレート」と呼ばれ、単位は音の周波数と同じHzである。
 サンプリング周波数は、音の周波数の2倍よりも高くないと周波数帯域(バンド幅)が外れてしまい、雑音の原因となる。したがって、サンプリング周波数が高い方が、記録の品質が高く、再現の精度がよくなる。しかし、一方で、サンプリング周波数があまり高くなると、取り扱うデータ量が非常に多くなるため、サンプリング周波数は、実用的に問題がないところまで、低く設定されるようになっている。
 たとえば、音楽用CD(コンパクトディスク)では、ヒトの可聴域を考慮してサンプリング周波数を44.1kHzに設定している。これはCD技術が実用化、市販された1982年当時の生産技術、ディスクのデータ容量、音楽の演奏時間、ヒトの可聴域(20kHz)を考慮して、この周波数以下で前処理(フィルターでカット)して、デジタル化しても音声や音楽の記録・再生には実用上の問題がないとされたためである。
  現在は、デジタルデータの圧縮技術が進み、機器の性能も向上したため、取り扱うデータ量(保存、転送する量)が大幅に少なくなっている。
 
 図にヒトを含む動物の可聴域を示す。
 哺乳類の聴覚の範囲は、鳥類や魚類、昆虫など他の動物に比べるとかなり広く、周波数で3桁〜4桁もある。
 ヒトの可聴音域も広いが、同じ哺乳類である犬やコウモリやイルカではさらに、高音(高周波数)に可聴域がある。
図 動物の可聴域
 
倍音と音律
   ヒトの感覚として、周波数の2n倍の音は、同じ種類の音として認識されることが分かっている。この2n倍の音が同じ音(同種の音)に聞こえるという現象は、個人差がないヒト共通の感覚であり、古代より、これを分割した「音律(tone temperament)」が研究されている。
   音律は、数学や物理学の波の問題であり、ピタゴラス音律やヤング音律(トマス・ヤング)など非常に多くの音律が考案されている。
 代表的な西洋音楽では、2n倍の音を8つの音階とし、8(オクト)を語源とする「オクターブ(8度音程)」と呼んでいる。音感(音高を認識する方法、能力)には個人差があるが、オクターブの音が同じ音に聞こえることには個人差がないので、この間を分割することによって音律が作られている。なお、この場合、周波数2:1の最初と最後の音を重複して数えて8という数字で表現しているが、実際の音程の数は「7度」である。
 虹の研究で知られるアイザック・ニュートンは、虹の色(光のスペクトル)を7色としたが、これは、この音階の「オクターブ=7分割」に由来している(※)。ニュートンは光の波動説に反対し、光の粒子説を主張していたが、なぜだか、光のスペクトルに音(波)の連想を行っていた。
 1オクターブの7音階には、途中の2ヶ所が半音階(音階のミ・ファとシ・ドの間)となっているため、全音を1度と数えるのではなく、半音を1、全音を2と数えると、(全音5ヶ所+半音2ヶ所)である1オクターブは、2n倍毎の倍音を7分割ではなく、12分割したことになる(ピアノの鍵盤やギターのフレットは12個毎に1オクターブとなる)。
(※虹の色を7色とすることには科学的な根拠がなく、世界各地の民族・文化によって虹の色の数はまちまちである。ニュートンの母国でさえ虹は7色と決まっている訳ではないが、日本では7色の虹と呼ぶ人が多い)
   音階の全てを等間隔として、音の周波数の分割を等分割にした音律を平均律(equal temperament)と呼ぶ。最もよく知られているのが、オクターブを等間隔に12分割した、十二平均律オクターブである。
 音の周波数は、連続しており、異なる分割数や等間隔以外の分割方法も可能であるが、1オクターブ(倍音)を等間隔に12で割った十二平均律が最も広く普及している。
 このオクターブが同じ音に聞こえるのというのはヒトの共通の感覚であり、音の基準音との違いを聞き分ける「相対音感」もほとんどの人が持つ能力であるが、音の周波数を正確に聞き分けることのできる「絶対音感」は個人差が大きく、精度は人によって大きく異なる。
   音楽(音学)以外の科学分野でも、8回毎に繰り返される現象を、オクターブと呼ぶことがあり、メンデレーエフの周期表よりも前の初期の元素周期表では、元素を並べると8個毎に同じ性質の元素が現れると考えられたため、これをオクターブの法則(オクテット則)と呼んだことがある。しかし、実際にオクテット則が通じるのは、第二周期元素と第三周期元素だけであり、現在知られている周期表の一周期は18族まである(昔は0族と呼ばれた希ガスは、現在は第18族元素)。自然界には、不思議な数字の共通点があると考えた人がいたのかも知れないが、倍音を7分割(12音階、オクターブ)したのは、人間の感性であって、自然の法則とは関係がなさそうである。
音の計測、音の実学
   音という波は、数学、物理学、音楽(音による芸術)、音楽学(音楽実践、音響学、心理学、人類学)などの芸術・学問分野において、長く多くの研究がなされてきたが、計測など工学の分野でも広く利用されている。
   ヒトの可聴域は、かなり広いが、可聴域を越えて周波数が高い音を「超音波」、下限以下の周波数の音を「低周波音」と呼ぶ。ただし、超音波と低周波音という分類は、ヒトの可聴域をはずれているという便宜的な区分であって、物理的な波としての違いはない。 したがって、音波を使った機器に、超音波○○(探知機、流速計、検査機、洗浄機、モーター、距離計など)といった名称が使われることがあるが、これは、利用する音がヒトの可聴音よりも周波数が高い領域の音であることを表明しているだけであって、超音波が可聴音とは別の音波ということではない。
   ただし、周波数が高い音は、指向性が高く音圧を変えやすいという性質があるため、超音波を利用する測定器や加工機械、治療機械などが広く利用されている。
 超音波検査(エコー検査、ultrasonography)が人体内部の検査に利用されており、放射線検査に比べて侵襲性(invasion)が低いとされている。
   工業用途としては、主に検査、測定、通信に用いられており、素材の厚さを測る超音波厚さ計、超音波(伝播時間差式)流量計、超音波(ドップラー式)流量計(音波ではなく光を使ったレーザドップラー流速計もある)、超音波探傷検査(UT)、超音波映像装置(SAT)、魚群探知機、超音波映像・検査装置(電子部品の欠陥検査)、超音波積雪計、自動車の周辺障害物検出器(クリアランスソナー)、などがある。水中では、電波通信が使えないため、超 音波を利用した水中電話・水中無線機、ソナーなどが使用されている。
   超音波を駆動に利用するものとして、超音波モーター(カメラ用レンズの駆動、腕時計)、超音波歯ブラシ、超音波溶着・溶断(超音波ミシン)、超音波洗浄機、超音波加湿器、超音波霧化機、高密度焦点式超音波治療法(High Intensity Focused Ultrasound、ハイフ:癌、結石、血栓の除去に利用)、などがある。
   動物の中には、自ら音を発して、その反響を受信して、周囲の情報を得る(反響定位と呼ぶ)、あるいは通信を行うものがいる。一部のコウモリやクジラは、指向性の高い高周波の音(人間にとっては超音波)を利用している。
騒音
   一方、周波数が100Hzよりも低い音は「低周波音」と呼ばれる。超低周波音には、超音波のような有用な利用法はほとんど考えられておらず、ヒトの聴覚では聞き取れない20Hz以下の超低周波音による健康被害や公害問題が研究されている。
 低周波音の発生源は非常に多く、人工のものとしては、工場、高速鉄道のトンネル出口、変圧器、冷凍機、ヘリコプター、エコキュート(10Hz、深夜に稼動)、大型風力発電施設、エアコンの室外機、下水管の共鳴、自動車のエンジンのアイドリング、などが知られている。
 一般に公害といえば、大きな設備や工場がその原因であることが多いが、低周波音の場合は、普通の民家であっても公害の発生源となることがあるため、政府や自治体などが注意を呼びかけている。環境省が配布する「よくわかる低周波音」には、発生源、判定方法、防止方法などについての解説がある。
 低周波音の被害・加害防止は、基本的には、被害側の対策は難しく、発生源側の対策が必要である。
   自然界にも、川の流れ、滝、雷など、多くの低周波音発生源がある。
 火山噴火に伴う空振(くうしん、air vibration)は、通常はヒトの耳には聞こえない可聴音以下の低周波(衝撃波)として伝わる。可聴音の成分が含まれる場合には爆発音として聞こえるが、そうでない場合は、聞こえない音が大きな被害をもたらすことがある。火山の噴火によって地下にあったものが急激に空気中に飛び出すことによって、火口付近の気圧が変化し、それが空振となるが、到達距離は非常に大きく数千kmも届くことがある。
 ほとんど利用価値のない低周波音であるが、天候不良で火山の監視が難しい時でも、低周波のマイクロフォンであれば、火山噴火を検知できるため、気象庁や大学などが火山監視のための「空振計」を設置している。
 なお、英語で超音波はultrasonic、低周波音はinfrasonicであり、光の場合の紫外線ultraviolet、赤外線infraredと接頭語が同じ関係にある。(音よりも速い超音速は、ウルトラではなくスーパーを使う、supersonic speed)
   周波数以外の音の情報として、音の圧力が重要である。音の圧力を表わすのに、圧力の基準値に対する比の常用対数である「音圧レベル」が用いられる。
     
   ここで、LPは音圧レベル(デシベル、dB)、Pは瞬時音圧の実効値、 は、基準圧力である。
   基準圧力20μPaは、健康な人間の最小可聴音圧とされ、可聴域であっても、これよりも圧力が低いと聞き取れないとされる非常に小さな音量である。音圧には、ガスの圧力や気圧と同じ単位、パスカルを使うが、この基準圧力の値は、気体の圧力と比べると桁外れに小さく、超高真空の圧力と同程度である。
 上式の対数の中を見て分かるように、音圧レベルは、音圧と基準圧力の比ではなく、音圧の二乗と基準圧力の二乗の比で評価されている。基準圧力と同じ音圧は、0dBであり、その音のエネルギーは、10-12W/m2である。
 一方、列車が通過するガード下の騒音レベルに相当する100dBの音のエネルギーは、10-2W/m2であるから、0dBと100dBでは、音圧比では5桁、エネルギー比では10桁異なるという関係になる。
   大きなエネルギーを持つ音は騒音(noise pollution)となりうる。他の工業と同じように産業ガス、高圧ガスを取り扱う時にも、騒音公害の発生を防止するための注意が必要である。ガスの製造現場などでは、回転機類の出す機械騒音、高圧ガスの放出音(ブロー音)、装置の切り替えに伴う音、配管の振動音、送ガス音などが、主な音源となる。
   騒音に関する法令としては、環境基本法(環境基準)、騒音規制法がある。
 騒音は、同じ音圧レベルであっても、周波数の違いによって異なる大きさの音として認識されるため、周波数による重み付けで算出した音圧レベルで評価される。これを、「聴覚的音圧(ラウドネス)」と呼び、その単位フォン(ホン)は、ISOで詳細に規格化されて、騒音を示す単位として用いられてきた。しかし、ラウドネスと音圧レベルとの相関が非常に複雑なため、現在は、周波数特性と時間特性を考慮した騒音レベル(dB)に置き換えられるようになり、計量法は、1997年に騒音の単位からホンを廃止、dBに移行した。したがって、それ以降の騒音計は、ホンではなくdB表記となっている。
   騒音に関する法令等は大きく変わり、「環境基本法」(1999 年 4 月)「環境影響評価法(環境アセスメント法)」(同 6 月)、「騒音規制法」(2000 年 4 月)と続けて改訂・新設され、騒音測定の指針である JIS 規格(Z 8731)の大幅な見直しも行われた。