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第73回 3−8 量子色力学(quantum chromodynamics、QCD)

 2018/07/14

    

 
 量子色力学(りょうしいろりきがく)は、「強い相互作用」を記述する場の量子論である。
 日本語で「力学」とされている英語にはいくつかあって、mechanics(力学)、dynamics(力学)kinematics(機械の運動力学)とstatics(釣り合いの静力学)などがある。
   mechanicsとdynamicsの厳密な使い分けのルールや理由ははっきりとしないが、mechanicsは、構造や仕組みのような意味合いが強く、dynamicsは粒子の衝突や相互作用のような意味合いが強い。
  量子力学の力学は、mechanicsであり、量子電磁力学QEDと量子色力学QCDの力学はdynamicsである。量子電磁力学は、場の量子論であり電磁力や弱い相互作用の記述を行い、量子色力学は強い相互作用の量子論である。
   量子論が発展する同じ時期に、空気中や鉱物中から新たな元素が発見され、周期表の空欄が埋められていった。分子や原子の構造が調べられ、原子核、電子、陽子、中性子、反物質の発見などがあり、物質やエネルギーの研究が進んだ。しかし、物質のことが詳しく分かるようになると、また多くの疑問が生まれ、その中には、核力(相互作用)の謎もあった。
   磁石や電荷のプラスとマイナスが引き合い、プラスとプラス、マイナスとマイナスが反発することは古くから知られていた。しかし、原子の中のマイナス電荷を持つ電子がプラスの電荷を持つ原子核に引き寄せられて落下しない。また、原子核の中にあるプラスの電荷を持つ陽子同士は反発してばらばらになっていない。原子の構造が明らかになってきた当初、これらの理由は、うまく説明されていなかった。
   前期量子力学の時代に、ボーア模型とド・ブロイが提唱した物質波によって波としての電子が説明され、電子が原子核に落下し原子が潰れてしまわない理由が示された。電子を原子核の周りをまわる荷電粒子と考えると電子は原子核の中に墜落してしまうが、波である電子は原子核のまわりにとどまることができる。
しかし、プラスの電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子が、非常に狭い空間で結びついて構成される原子核については、その理由が説明されていなかった。
   湯川秀樹(1907〜1981年、日本)は、原子核の中で陽子と中性子が未知の物質を交換することによって核力(強い力)が生じているとする中間子論を提唱(1934年)、翌年「素粒子の相互作用について」という論文を発表し、中間子の存在を予言した。
  質量を持つ未知の粒子は「湯川粒子」と呼ばれ、湯川によって、「力」とは、粒子の交換(ゲージ粒子)によって生じるものであるという概念が示された。
   中間子論を発表した時、湯川は、京都帝大と大阪帝大の講師の兼務から、大阪帝大の助教授になったばかりの28歳、日中戦争のさなかで、日本人の研究が評価されない時期であった。その後、アインシュタインなどと交流するようになり、その研究が評価されるようになり、1938年には博士号を取得した。
   セシル・パウエル(1903〜1969年、イングランド)が、宇宙線の中からパイ中間子を発見(1947年)、湯川の理論の正しさが証明され、日本人初のノーベル物理学賞を受賞した(1949年)。パウエルもノーベル物理学賞を受賞した(1950年)
その後の研究から、湯川が予言した中間子は、核力そのものではないことが分かったが、中間子は2つのクォーク(クォークと反クォーク)からなり、クォークはグルーオンという素粒子の交換で強く結びついており、核力の源もグルーオンであることが量子色力学の発展によって分かった。
 強い相互作用は、湯川の相互作用とも言われ、非常に近い距離(10-15m)に働く力である。
自然界に存在する4つの力(相互作用)
   湯川が提唱した「力は粒子(ゲージ粒子)の交換によって生じる」という考えは、非常に重要な概念となり、強い相互作用だけではなく、自然界の力は全て、粒子の交換によって説明されるようになった。
 自然界を支配している力は、わずか4種類しかないことが分かっている。解明されている4つの力(相互作用)の概要を表に示す。
 

4つの力の比較

相互作用

強さの比

到達距離

粒子

重力相互作用

100

無限大

重力子

電磁力相互作用

1036

無限大

光子γ

弱い相互作用

1033

10-15m

ウィークボソンW

強い相互作用

1038

10-17m

グルーオンg

 表には、重力(相互作用)を1とした時のそれぞれの力の相対的な強さを示し、影響が及ぼされる到達距離と力が働く時に交換される時のゲージ粒子を示す。
   
   なお、距離の10-15mは、かつてはyukawa(ユカワ)あるいはfermi(フェルミ)と呼ばれたが、現在は固有の名称ではなく単にメートルに接頭語をつけて、fmフェムトメートルと呼ばれるため、日本人の名前がついた単位が残っていない。
  竜巻の等級の藤田スケールFや、化学工学の吸収に関する無次元数・八田数Haなど日本人に由来する尺度(スケール)が残っていない訳ではないが、ニュートンやジュールのような単位の名称には、残念ながら日本人の名前が残っていない。
    4つの力というのは、現在の分類である。現在とは宇宙創世から138億年たって、宇宙の平均エネルギーが2.7Kになっているという意味での現在という意味である。これらの力は宇宙創世の初期、あるいは宇宙の温度がとてつもなく大きかった時代には同じひとつの力であったものが、宇宙が膨張するに従って分化していったものと考えられている。力は4つに分化することによって、それぞれが極端に異なる性質を持っている。
極端に小さな重力
    たとえば重力は他の力に比べて極端に小さい。電磁力は、非常に身近な存在であって、たとえば磁石であったり、光のエネルギーや燃焼のエネルギー(化学反応)、運動エネルギーなど様々なところで体感することができる。
  たとえば、磁石の力と重力を比較してみるとその力があまりにも極端に異なることがよく分かる。小さな金属クリップを磁石でくっつけるのに必要な磁石の量はせいぜい数グラムもあれば十分であるが、これを万有引力で引きつけようとすると地球くらいの質量が必要である。地球上に存在するものが地球外に飛び出さないのは地球の持つ大きな質量による重力相互作用によるものであるが、電磁相互作用であれば非常に小さな磁石片でつなぎとめることできる。力の大きさが36桁も異なるということはそういうことである。4つの力の中で重力だけが極端に小さい理由は、物理学における未解決問題のひとつ「階層性問題」とされている。
   また重力相互作用と電磁力相互作用は、距離が離れるに従って、およそ距離の2乗に逆比例して小さくなる。これは17世紀以降の科学の発達の中で様々な法則として発見されてきており、古典的な物理学の常識として知られてきた。しかし強い相互作用では距離が離れるほど力が強くなるという性質があるため、一度くっついたものは容易には引き離すことはできない。
  4つの力の詳細な研究は今も続いているが、重力子(グラビトン)は、検出が難しく、未だに発見に至っておらず仮説上の素粒子(ゲージ粒子)である。
電磁力
   「電磁力」は非常に広い範囲で確認できる力で、光や熱を感じたり、物が動いたりする現象は、全て光子の交換によって行われている。原子核と電子を結びつける力、化学反応、化学平衡、分子間力など、われわれの周囲にあるほとんどの力が電磁力(光子による相互作用)によるものである。
弱い相互作用
   弱い相互作用(weak interaction)は、弱い「相互作用」ではなく、ひとつの言葉「弱い相互作用」という名前の力である。
  電磁力より3桁小さいためこの名称があるが、重力より33桁も強い力である。核子の崩壊に関係しており、中性子が崩壊して陽子と電子ニュートリノになるβ崩壊などがある。到達距離が極めて短い。1yukawaの距離以下で働くためその力が及ぶ範囲は、原子核内部に限られる。
強い相互作用
   強い相互作用(strong interaction)も、弱い相互作用と同様に、強い「相互作用」ではなく「強い相互作用」である。
 強い相互作用は、弱い相互作用よりもさらに短い距離に働く強い力である。他の力は距離が離れるにしたがって弱くなるが、強い相互作用は距離が離れる方が強くなるため単独で取り出すことは不可能である。したがって、これを直接観察することができないにも関わらず、素粒子物理学における様々な実験の過程において、この強い相互作用の性質が解明されている。
 強い相互作用を取り扱うために、エンリコ・フェルミ(1901〜 1954年、イタリア、米国)と楊振寧(1922年〜、米国、ヤン ヂェンニン)がヤン・フェルミ模型を提唱(1949年)、坂田昌一(1911〜1970年、日本)が坂田模型を発表した(1955年)。
強い相互作用の科学、色量子力学
   南部陽一郎(1921〜2015年、日本、米国)らがクォークの自由度としてカラーチャージの研究を進め、マレー・ゲルマン(1929年〜、米国)がクォークモデルを発表(1964年)、この量子数をカラー(色荷、colour charge)と命名したため、強い相互作用を表わす量子力学は、量子色力学と呼ばれる(1969年)。
   ここでは量子数をカラーと呼んでいるが、量子に色があるとか、これが色のもとになっているという訳ではなく、そのように呼ぶと説明がしやすいためこのような名前がつけられているだけである。量子が持つスピンの概念もコマのような回転運動である訳ではないが、スピンという言葉とスピンの方向を用いると量子の性質を説明しやすいためこのような用語が用いられているが、量子色力学の「色」もヒトが感じる色彩の色とは全く関係がない。
  「電荷」「磁荷」「色荷(しきか)」などの量子数は、チャージ(荷量)である。
  電荷は、電気の理由になっているため、何となく分かっている気になるが、分かっているのは電気の性質や電流であって、「電荷」という量子の持つチャージが理解できるというものではない。磁荷も磁力などによってその性質を想像することができるが、それで磁荷というチャージそのものが理解できている訳ではない。「色荷」の場合は、電荷→電気、磁荷→磁力のような現れ方をしないため、より理解が難しい。「クォークの閉じ込め」という現象で色荷の性質が理解される。
クォークの閉じ込めと物質の誕生
   素粒子であるクォークは、光の三原色に対応する色荷を持つ。
  重要な性質は、クォークの組み合わせによって混色が起こり色がなくなる(白色になる)時、「クォークの閉じ込め」現象が起こるということである。宇宙ができた時、非常に高エネルギーの状態にあった最初の時空に現れた物質は、クォークがスープのようになった状態だとされている。やがて宇宙の温度が下がり、強い相互作用の方が勝るようになると、クォーク同士がくっつき、クォークは閉じ込められて物質になった。量子色力学はこの閉じ込めをうまく説明している。
  クォークからなる複合粒子は「ハドロン」と呼ばれる。
  ハドロンのうち、3個のクォークからなる「バリオン」は色荷の混色によって、白色になった時に組み合わせが成立する。
 もうひとつのハドロンは、2つのクォークからなる「メソン(中間子)」であり、2つのクォークの混色で白色となる組み合わせは、2色が補色関係の場合に成立する。色荷の補色とは、反物質の色荷に割り当てられるので、メソンはクォークと反クォークによって「閉じ込め」が起こる。
  色量子力学は、強い相互作用とハドロンの持つ性質を分かりやすく説明するために、この「色荷」という概念を導入、色の混合や補色といった技法がうまく用いられている。
   最もよく知られるバリオンは陽子と中性子であり、これから原子核が作られ、原子や分子が作られるから、クォークの閉じ込めができない条件では、クォークは自由に飛び回り、具体的な物質(原子核や原子)は形成されない。宇宙は、前述のクォーク・スープの状態に合ったということになる。
  ビッグバンからおよそ1万分の1秒後、熱による運動よりもクォークの間に働く強い相互作用の方が勝るようになった時、クォークの閉じ込めが起こり、ばらばらに飛び交っていてお互いに結びついていなかったクォークは陽子や中性子の中に閉じ込められ、それが原子核になり、やがて電子を捕捉、原子が生まれた。
量子色力学と現代の素粒子物理学
   高校の物理の時間に原子と原子核のことを習った時に、最も不思議に思うのは、負の電荷を持つ電子が正の電荷を持つ原子核になぜ吸い寄せられて落下しないのかということと、正の電荷を持つ陽子同士がなぜ反発せずに原子核の中に留まっていられるかということである。プラスとマイナスが引き寄せられ、プラス同士は反発するという高校生の常識に対して高校の物理はうまく応えていなかったように思う。
  量子色力学が確立し、強い相互作用によってクォークが閉じ込められバリオン(陽子、中性子)が作られ、陽子と中性子は同じく強い相互作用で原子核の中に閉じ込められるという機構が示された。
 強い相互作用を媒介する素粒子(ゲージ粒子)グルーオンは、8色の色荷を持つ。グルーオンは、ハドロンの中でクォークを結びつけ、原子核の中で核子を結びつけ、グルーオンどうしにも相互作用がある、その名のとおりグルー(糊)のような性質を持ち、非常に強い相互作用は、引き離すことが難しい。
 電磁力、たとえば電荷による引力や斥力は距離が離れると弱くなるため、原子から電子を引き離すと電子は束縛から離れて自由電子となり、原子は中性でなくなりイオンになる。しかし、グルーオンにかかる力は距離が離れても変わらないため、結びついているクォークを引き離そうとするとエネルギーが増大し、そのエネルギーから対生成するクォークと引き離されたクォークが結びついて、また無色化(閉じ込め)が起こるため、ハドロンの中からクォーク引き離すことは容易ではない。
   加速器による衝突実験では、非常に高いエネルギーを利用することによって、クォークを引き離すことができ、分離されたクォークが観測されると同時に多くの無色の物質(バリオン)が検出されている。
   現在の素粒子の「標準模型(Standard Model、SM)」は、強い相互作用を取り扱う量子色力学によってほぼ確立されたが、やはり最新の理論にもどこかにほころびが現れるため、その修正は今も続いている。
  たとえば、標準模型では、「素粒子は質量を持てない」が、実際の素粒子クォークやレプトン(電子やニュートリノ)は、質量を持っている。ピーター・ヒッグス(1929年〜、英国)は、南部陽一郎の「対称性の自発的破れ」をベースに「電弱理論における対称性の破れ」を提唱、素粒子が質量を持つようになった起源「ヒッグス機構」を発表した(1964年)。ヒッグス機構を証明するヒッグス粒子は欧州合同原子核研究機構(CERN、セルン)によって発見され(2012年)、CERNのチームを率いたフランソワ・アングレール(1932年〜、ベルギー)とヒッグスはノーベル物理学賞を受賞した(2013年)。強い相互作用の実験的研究には、巨大な設備が必要である。
   一般的なガスの科学の中には、強い相互作用や量子色力学が直接登場することはない。しかし物質の起源やその仕組みを探索する高エネルギーの科学の最前線には、ガスの科学を発祥とする数々の機器、たとえば超伝導機器や超低温機器、高真空装置の技術などがあり、ガスの科学、ガスビジネスは物質の科学と密接に繋がっている。