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第72回 3−7 量子電磁力学(quantum electrodynamics, QED)

 2018/07/12

    

量子電磁力学、朝永振一郎、リチャードPファインマン
 量子力学では、アインシュタイン=ド・ブロイの関係に示されるように、粒子に波動性を組み込み量子化する粒子の量子化理論が確立した。
 一方、電磁気学では、電場と磁場を統合した電磁場という「場」を取り扱うため、古典的な電磁気学に対して「場の量子化」が必要とされた。空間を量子化し、電子と光子の現象を新たな解釈で説明する場の量子力学は「量子電磁力学QED」あるいは量子電気力学と呼ばれる。
   ディラックが、粒子の生成消滅演算子という概念を導入し、電磁場の量子化を行い(1927年)、ディラックの海の空孔理論を提唱、実際に反粒子である陽電子が発見されて、現実の現象を説明することが明らかとなった。
その後、ファインマンやエンリコ・フェルミらは、ディラックの理論の解釈の見直しを行い、相対論的な場の量子論を導くことに成功した。これは量子電磁気学と呼ばれ、電子と陽電子を対称に扱うことができるため、ディラックが提唱した真空の負のエネルギー(ディラックの海)という概念は必要とされなくなった。量子電磁気学はフェルミによって定式化された(1932年)。
 しかし、ロバート・オッペンハイマー(1904〜1967年、米国)と湯川秀樹(1907〜1981年、日本)によって、量子電磁力学には、物理学の法則としては致命的な数学的問題があることが指摘された。量子電磁力学には、無限大の発散や因果律の破れなど、物理学にとって重大な問題が含まれていることが分かり、物理学は混乱した。
   たとえば、ある量子が2つの点の間を移動する時、確率的には、あらゆる経路の可能性がある。量子力学は、不確定性原理によって、経路を確定することはできないため、量子の運動を記述する時には、全ての可能性を全て足し合わせなければならない。経路の数は無限にあるため、ふたつの点が、すぐ隣にあったとしても、様々な経路があり、たとえば、月まで周回してくるという経路であっても確率的にはゼロではない。このような計算を行うと数学的には、無限大に発散してしまい、現実を正しく表現することができない。
   電磁波やマイクロ波の研究が進み、様々な実験結果がそれまでの理論では説明できなくなり、量子電磁力学が必要となったが、数学的な課題を解決するための新たな理論や手法が必要となった。朝永振一郎(1906〜1979年、日本)は、「超多時間理論」(1943年)の中で「繰り込みの記述形式(renormalization)」を確立し、この問題を解決、量子電磁力学の基礎を築くことに成功した。繰り込みは、有限個の発散項(counter term)で無限個の無限大を除去するという数学的手法である。
朝永は湯川の中学時代の先輩であるが、湯川が飛び級したため高校、大学では同期となり、朝永、湯川と4年後輩の坂田昌一の3名が、当時の日本の素粒子研究を牽引した。湯川が指摘した量子電磁力学における重大な問題は、朝永によって解決された。
   朝永らが示した「繰り込み操作」ができることを「繰り込み可能」と呼ぶ。全ての事象が、繰り込み可能とはならないが、量子電磁力学は、繰り込み可能な理論であり、重大な課題が克服された。その後、場の量子論においては、朝永が提唱した繰り込みとゲージを用いることが理論構築の基本的手法となった。量子電磁力学における発散の問題は、朝永から数年後、ジュリアン・シュウィンガー(1918〜 1994年、米国)が、朝永と類似の形式で解決、さらにファインマンが「経路積分」(path integral formulation)という手法を用いて解決した(1948年)。朝永の研究は第二次世界大戦中、日本が国際的に孤立した研究環境の中で行われたため、量子電磁力学における評価は戦後になった。
   「場」(field)とは、物理学における非常に重要な概念で、「時空を表わす物理量」である。
真空とは「物質がない状態」を表わすが、場は存在しており、よく知られる場には、電場と磁場(あわせて電磁場)や重力場がある。たとえば、電子のような電荷を持つ粒子が運動する時、電荷の移動に伴う電磁作用は他の粒子に影響を及ぼすが、その作用が相手の粒子に伝わる速度は有限であって光の速度を越えない。したがって、その間に運動量やエネルギーが保存される「場」が必要となり、電磁「場」はエネルギーと運動量を保有しているということになる。
   場の理論は、「古典的場」と「場の量子論」に分けられ、ファラデーの電磁場とアインシュタインの重力場(一般相対性理論)は古典的場である。場を量子化した「量子電磁気学」(弱い相互作用と電磁力が統一された電弱理論の範囲)と「量子色力学」(強い相互作用の範囲)が、場の量子論(QFT)に含まれる。
   「場」は、時空変換における振る舞いによって4種類に分けられる。@「スカラー場」は、空間の1点に1つの値が与えられる。温度場や液体の圧力場、ヒッグス場(粒子)などがスカラー場である。温度は空間における分子の運動から定義されるが、空間の各点において温度という1次元の値スカラーを持つA「ベクトル場」は、空間的な広がりの中でベクトル量の分布を持つ。電場、磁場、ニュートン的重力場などがある。B「テンソル場」は、空間の各点がテンソルで与えられる。結晶の応力テンソル場、一般相対論的重力場がある。固体物理学や結晶科学において重要な概念となるC「スピノル場」は、複素ベクトル空間の成分であるスピノルで記述される場である。フェルミオンはスピノル場で記述され、たとえば電子の相対論的量子状態の記述に用いられる。
   様々な「場」を具体的にイメージすることは難しいように思われるが、スカラー場の勾配からは力場のようなベクトル場が表わされることがよく知られている。
  たとえば、力F(力場、ベクトル場)が、F=-∇ψ と示されるとき、Ψは、「ポテンシャル」と呼ばれる。
  重力、電磁力、温度、湿度、気圧など、身近なところに、ポテンシャルの勾配、「ポテンシャル場」が非常に多く見られる。
    量子電磁力学は、4名の著名な研究者、朝永振一郎(1906〜1979年、日本)、リチャード・P・ファインマン(1918〜1988年、米国)、ジュリアン・シュウィンガー(1918〜1994年、米国)、フリーマン・ダイソン(1923年〜、英国、米国)によって確立された。
  彼らは共同で研究を行ったのではなく、独自に研究を行って同じ結論を導いたものである。彼らの研究が行われたのは、第二次世界大戦中であり、特に日本人である朝永の場合は、欧米の先進国からが孤立し情報が得られない状態での業績である。
  戦後、朝永、ファインマン、シュウィンガーの3名にノーベル物理学賞が授与された(1965年、共同受賞)。
フリーマン・ダイソン
   フリーマン・ダイソンは、他の3人と同様、量子電磁力学の発展に多大な功績があり、朝永やシュウィンガーが提唱した「繰り込み」とファインマンが提唱した「経路積分」が数学的に等価であることも証明している。
  しかし同一業績に関して与えられるノーベル物理学賞の定員は3名であり、ダイソンはノーベル賞を受賞することができなかった。
  一方、ダイソンは、人々があっと驚くようなアイデアを連発することでよく知られ、多くのSF小説(空想科学小説)やSF映画が、ダイソンのアイデアの影響を受けている。
    なお、粒子の反応を図説する「ファインマン・ダイアグラム」がよく知られているが、これは、もともと、ファインマンが、場の量子論(量子電磁力学)の反応過程を記述するために考案したものである。物理学の専門家はこのような分かりやすい図解法を好まなかったが、ダイソンはこれを数式化して普及させることに貢献、ファインマン・ダイアグラムは、量子電磁気学に限らずほとんどの粒子の反応過程の記述に用いられるようになった。
  ダイソンは、物理学、数学における数々の業績があり、この量子電磁力学の確立の功績だけでなく、幾度もノーベル賞の候補にも上がっているが、今もノーベル賞を受賞していないのが残念である。なお、インターネットの名前空間に関するデータベースの維持管理やネットワークの安定的運用の確保に責任を負う団体 ICANN の会長であり、「全てのコンピュータの世界で最も影響力のある女性」と呼ばれるエスター・ダイソンはフリーマン・ダイソンの娘である。