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第70回 3−5 場の量子論 (1)相対論的量子力学

 2018/06/12

  
 2018/07/13

量子論の確立とガスの科学
 前期量子論が確立したのと同時期に特殊相対性理論が提唱され、量子論には相対論的考えを取り入れた次の段階が必要とされた。ガス屋、ガスの科学にとって量子論は分子や原子を取り扱うという点で密接に関係していることが分かるが、特殊相対性理論はあまり関係ないと思うかも知れない。しかし、相対論を取り入れた量子論は「場の量子論」であり、20世紀後半から重要な技術となる電子工学、真空(空間)の科学、原子核や同位体の科学など、様々な最先端の科学・技術に欠かせないものである。
 産業ガスの分野は、希ガスの発見、空気の液化、量子力学の発展など20世紀初頭の科学技術とともに発展したが、20世紀後半からは電子工学や電子材料、核医学などの分野とも密接に関わって来た。ガスの科学にとって、量子論+相対論→場の量子論も避けては通れない分野である。
   電子が発見され、原子や分子の存在も立証された20世紀初頭、原子はその名の通りの「物質の最小単位」ではなく、原子の中には内部構造があることが分かってきた。ラザフォードによるアルファ線の実験から原子のほとんどの質量は、原子の中心にある非常に小さな原子核にあることが分かり、その周囲を廻る非常に小さな電子によって原子が構成されていることも分かった。電子は原子核の周りを運動しながらも原子核に落下しないという不思議な現象から、電子が波の性質を持つというボーアの原子模型が確立した。
 原子核の周りを廻る電子は、粒子であり波であり「量子」であるが、原子核の周りを廻る粒子と見た時、その速度は、およそ2000km/秒くらいである。これは光速度の0.7%近くにも達しており、このように非常に高速に運動する電子の挙動を正確に記述するには、相対性理論を適用しなければならないということになる。
 量子論は、最も小さな単位「量子」の世界を記述する科学であり、一方の相対論は、光速度一定の原理を基礎として時空・宇宙という非常に壮大な世界を記述する科学である。微小な世界の記述に相対論を持ち込むというのは天才的な科学者達にとっても難解な課題であって、新たな数学や科学が必要となった。
ディラック方程式
   ポール・ディラック(1902年〜1984年、イングランド)は、シュレーディンガー方程式を拡張して特殊相対論を組み入れ、ディラック方程式を基礎方程式とする相対論的量子力学を築いた(1928年)。
 プランクが量子論を提唱した1900年には、ハイゼンベルクとディラックは、まだ生まれておらず、量子論は、20世紀生まれの新世代の研究者達が活躍する時代となった。
   ディラックは、この数年前にヴォルフガング・パウリ(1900年〜1958年、オーストリア、スイス)が提唱していた「パウリの排他原理(Pauli exclusion principle、1925年)」に従う粒子「フェルミオン」の研究を行っていた(フェルミオンについては別項「量子の統計性」を参照)。
   物理学と数学の天才ディラックは、電子の相対論的な量子力学を記述するディラック方程式を提出した。
  量子電磁力学に大きな貢献を果たしたリチャードPファインマンも数学の天才であったが、20世紀の物理学者にはディラックのような数学の天才が多く現れ、難解な自然の現象を高度な数学的記述によって解き明かしていった。 アインシュタインのように多くの人々に尊敬される物理学者もいるが、物理学者は、どちらかと言うと偏屈で人付き合いの悪い天才が多い。ディラックも数学の奇才、人間嫌いで有名である。ノーベル賞を受賞すると研究の妨げになると言って受賞を断ったことなどが逸話に残る(ノーベル賞を断ると、メディアが押しかけて来て、もっと仕事ができなくなるだろうと忠告されて受賞したという)。
 ディラック自身は、量子力学そのものをあまり好きではなかったようで、相対性理論を含む理論物理に注力していた。しかし、当時の量子力学が相対性理論を満足していないことが大きな問題だと考えていて、量子論が相対論に従うように相対論を組み込んだ量子論の研究を進め答えを導いた。
   ディラック方程式は、フェルミオン(物質粒子)を記述する「場の量子化」(ディラック場)の数学的記述である。それまで、パウリの排他原理に従わないように見えていた軌道電子に対して「スピン」という自由度が提案されていたが、ディラックが提唱した方程式には、自然に量子が持つスピンという概念が導入された。
   ディラック方程式は、ディラック定数(換算プランク定数)を1、光速度を1とした自然単位系(→カラム(7)プランク単位)で表わすと次のような簡単な式で表わされる。
     
   ψは、ディラック場と呼ばれる4成分スピノルである(スピノルは、複素ベクトル空間の元)。方程式は簡潔に示されているが、ここに現われる記号の意味を知るには、アインシュタインの特殊相対性理論の記述、ミンコフスキー時空のテンソル、ディラック行列などの数学の理解が必要になる。
  ガスの科学の理解では、ディラック方程式の内容まで必要とされることはあまりないので、ここでは、その経緯とその帰結として得られた重要な発見に注目することにする。
   非相対論的シュレーディンガー方程式に相対論を持ち込む方法として、当初、クライン−ゴルドン方程式が提案された(1926年)が、この方程式には、負のエネルギー解が現われ、負の確率密度が現われ、排他原理を解消することができない、という3つの問題があった。
   これらの問題を数学的に解決するために、ディラックが提案したディラック方程式(Dirac equation、1928年)では、負の確率密度がなくなり、排他原理に反して同じ軌道上に二つの電子が存在しているようにみえていたものがスピンという量子数によって解決した。スピンという概念は他の研究者も提唱していたが、ディラック方程式の中では自然な形で現われ、スピンという考え方が定着した。(「スピン」という用語からは独楽の回転のようなものが連想されるが、そのようなものが実際に存在する訳ではなく量子が持つ自由度のひとつである。)
  ディラック方程式によって二つの問題は解決したが、この場(ディラック場、Dirac field)を記述する方程式には、自然界には存在しないはずのエネルギーの状態、すなわち負のエネルギー(負のエネルギー固有値)の問題が残った。
   
「ディラックの海」と「プラスの電荷を持つ電子」
   ディラックは、この負のエネルギーを記述するために「真空とは、負のエネルギーの電子が完全に満たされた状態である」とする「ディラックの海」の概念(空孔理論)を提唱した。
   ディラックは、この空孔の正体は、1918年にアーネスト・ラザフォード(1871〜1937年、ニュージーランド、イングランド)によって発見された「陽子」(電子と反対のプラスの電荷を持つ粒子、proton)であると考えたが、ヘルマン・ワイル(1885〜1955年、ドイツ)とロベルト・オッペンハイマー(1904〜1967年、米国)は、この空孔は陽子ではなく、未発見の「プラスの電荷を持つ電子」であるという説を提唱した。
   カール・デイヴィッド・アンダーソン(1905〜1991年、米国)が、宇宙線の中からプラスの電荷を持つ電子を発見し、これに、ポジトロンという名前を付けた(1932年)。
  ディラックが予言した空孔は、陽子ではなく、陽電子という形で発見された。
  新粒子が予言されてから、発見されるまでに非常に長い年月を要することもあるが、陽電子はディラック方程式が提唱されてからわずか4年後、短期間のうちに発見された。アンダーソンは、プラスの電荷を持つ電子「陽電子」と非常に重い電子「ミューオン」という2つの新電子を発見した。
電子と陽電子
   その時、既に電子(粒子としての電子)がエレクトロン(electron)と呼ばれていたため、電荷が反対の電子(正の電荷を持つ粒子)に対して、ポジトロン(positron)という名前が付けられ、日本語では「陽電子」と訳されたが、この際。エレクトロンの名前も変更しようという提案もあった。
  マイナスの電子をネガトロン(陰電子)、プラスの電子をポジトロン(陽電子)として、名前に対称性を持たせようという提案もなされた。しかし、当時は、既にエレクトロンという名称が一般にも広まりつつあったため、ネガトロンへの変更計画は進まず、マイナスの電子はエレクトロンのままとなった。
   日本語では、エレクトロニクス(electronic engineering)を「電子工学」と訳す。エレクトロニクスとは、電子の動きを制御して利用する科学・技術である。
  電子工学は、電気工学(electrical engineering)の一部であるが、どちらかと言うと強電に電気工学、弱電に電子工学という用語を使い、独立して用いられるようになった。
   電子と言う用語は、20世紀初頭に真空管が発明された頃から使われており、陽電子が発見された時には、すでに電子という言葉が広く定着していたようである。ただし、二種類のβ崩壊(ベータ崩壊)を明確に表わす時には、β-崩壊を「陰電子」崩壊、β+を「陽電子」崩壊と呼ぶこともある。なお、電子はnegatronに変更されなかったが、negative electronには「陰電子」という日本語訳がある。
   電子工学が普及したため、本来は素粒子の名称である「電子」という言葉が様々なところで使われている。電子メール(E-mail)、電子書籍(e-book)、電子辞書(electronic dictionary)、電子マネーなどは、電子という素粒子のイメージや電子という言葉の本来の意味とは全く結びつかないが、「電子工学」を利用した製品という意味で、このような名称になっている。
  なお日本語の「電子レンジ」は、マイクロ波加熱器(microwave oven)であって電子や電子機器とは全く関係ないが、いつの間にかこういう名前になっており、電子だけでなく電子工学とも関係のないところにも電子○○という言葉が使われる。
   ディラックは、シュレーディンガーと同じ年にノーベル物理学賞を共同受賞した(1933年)が、非相対論的量子力学・波動力学であるシュレーディンガー方程式と相対論的粒子を取り扱う場の量子論・ディラック方程式では、内容も業績も大きく異なると思われるが、受賞理由は、「原子論の新しく有効な形式の発見」ということになっている。
反粒子の科学
   陽電子は、初めて発見された反粒子であるが、その後、電子以外の素粒子にも「対称」な粒子があることが分かり、さらに素粒子以外の複合粒子、陽子、中性子、中間子などにも反粒子があることが分かった。量子の世界には、素粒子から複合粒子まで、様々な対称性があることが知られるようになった。
   素粒子と複合粒子は、フェルミオンあるいはボソンという2つの統計性のいずれかを持っている(量子統計力学における「スピン統計定理」)。フェルミオンのグループは、物質を構成する「物質粒子」であり、ボソンのグループは、力を伝える「相互作用粒子」である。
   一般に反粒子という名称で呼ばれているのは、フェルミオンに属する粒子のパートナー粒子(対称なもう一方の粒子)である。電子はフェルミオンであり、陽電子は電子に対称な粒子(反粒子)である。
ボソンにも反粒子という概念はあるが、ボソンのパートナー粒子は通常は元の粒子と同じものであり、区別できないため、たとえば、ボソンである光子の反粒子は、光子と同一のものと理解されるため、光子の反粒子は光子そのものである。したがって、反光子という呼び方はない。基本的には、全ての粒子に対称な反粒子があるが、用語としては、フェルミオンにだけ反粒子が存在する。
   なお、粒子と反粒子はどちらが正でどちらが反対という訳でもないが、現在の宇宙のほとんど全てを構成している物質の方を「粒子」あるいは「物質」と呼び、ほとんど存在していないもう一方の対称な方を「反粒子」あるいは「反物質」と呼ぶ。
   電子やミューオンのような電荷を持つ素粒子や陽子のような荷電粒子の場合には、電荷が対称(チャージ対称、C対称)な反粒子が存在する。名称は、陽電子、反ミューオン、反陽子である。
   ニュートリノは、電荷を持たない素粒子であるが、スピンの向きが異なる反ニュートリノがある。ただし、中性の素粒子の場合、粒子と反粒子が等しい可能性もあり、その存在(マヨラナ粒子と呼ぶ)を確認するための二重ベータ崩壊の実験が行われている。
   中性子は、電荷を持たない複合粒子であるが、中性子の内部構造であるクォークには、反クォークがあるため、反クォークからなる中性子は反中性子と呼ばれる。クォークは数種類のフレーバー量子数(量子が持つ特性値で自由度のようなもの)を持ち、この量子数の反数を持つ反クォークがある。
   これらの反粒子(antiparticle)の名称は、基本的に反クォーク、反中性子、反電子ニュートリノのように粒子の名前に「反、anti-」をつけて呼ばれるが、「電子−陽電子」の組み合わせは例外である。
   「反物質(antimatter)」という言葉もよく聞くが、反物質とは、反陽子や反中性子からなる原子核と陽電子からなる「反原子」のことであり、今の宇宙にはほとんど存在していない。反粒子は、様々な反応の過程で頻繁に現れるが、反物質は、一部の研究機関で人工的にごくわずかに作られたことがあるものの、生成には莫大なエネルギーを必要とし、作られたとしてもその数は非常に少なく、長時間閉じ込めておくことも難しい。「反物質」とは基本的には自然界には(宇宙創世記を除いて)存在しないものである。
真空の科学
   ディラックによって、「空間」とは@粒子と反粒子の対生成(ついせいせい、pair production)を起こすエネルギーとA粒子と反粒子が対消滅(ついしょうめつ、annihilation、アナイアレイション)を起こす「仮想粒子」が存在する相対論的量子論(量子場)であるとの概念が与えられた。
  17世紀のゲーリケやボイルの時代、空気が存在しない空間、気体分子が存在しない空間を真空と呼んだが、アインシュタインが、絶対空間、絶対時間の原理を放棄して相対性理論を提唱、ディラックが場の量子論を確立した20世紀の科学では、真空(空間)は新たな定義付けがなされることになった。
  ここで、実在粒子のうち観測されるものを実粒子、観測されないものを仮想粒子と呼ぶので、仮想粒子は実在しないのではなく、実在するが観測されない粒子のことを指している。
   特殊相対性理論では、エネルギーと質量は等価であり「物質のない空間=真空」であってもエネルギーが存在する。粒子と反粒子はエネルギーから生まれ、粒子と反粒子が出会うと対消滅してエネルギーに転換される。この反応が繰り返し起こるのが「空間」の概念である。特殊相対性理論と反粒子(陽電子)の発見によって「無から有は生じない」という概念は、科学的に間違った古い常識であることが確かめられた。
   エネルギーを光(電磁波)、質量を物質と言い換えると、光と物質は等価であり、光と物質の間には、いくつかの相互作用が知られている。よく知られている光と物質の相互作用には、光電効果、トムソン散乱(弾性散乱)、コンプトン散乱(非弾性散乱)、対生成があり、エネルギーレベルはこの順に大きくなる。対生成は、最も大きなエネルギーレベルの光−物質反応であり、わずか1gの質量を生み出すために必要なエネルギーは、9×1013J(2500万kWh)にものぼる。逆に見るとわずかな質量がエネルギーに転換されるとその量は莫大であるということである。
   対生成は、エネルギーが物質に転換する反応であり、次のように光子(γ線)から電子(e-)と陽電子(e+)が生成する。
   
   真空中の1点に、 2mc2(mは電子あるいは陽電子の質量)以上のエネルギーを集中させると、そこに粒子と反粒子が生成する。
   
 
  図は、電子・陽電子の対生成を記述するファインマン・ダイアグラム、横軸は空間、縦軸は時間である。波線は、波(相互作用粒子)を表し、ここではγ線(光、電磁波)であり、頂点は、相互作用の点、実線は、素粒子を表わしており、ここでは、電子e-と陽電子e+である。
   電子と陽電子の方向は、矢印で表わされ、同じ点(時空)にγ線から二つの粒子が現れる。この対生成反応が起こるためには、γ線には、電子と陽電子の1個あたりの静止質量の合計511keV ×2=1.2MeV以上のエネルギーが必要となる(エネルギーと質量の等価)。
   このようなエネルギーと質量の等価を取り扱う反応の収支(エネルギー保存と質量保存を合わせたもの)では、素粒子や複合粒子の質量を表わす単位には、kgではなく、エネルギーの単位eVに統一される。「無(空間のエネルギー)」から「有(物質)」が生まれ、「有(物質)」が消滅するため、物質収支とエネルギー収支は単独では成立せず、合計したものが保存されている。
ただし、ここで示されるエネルギー収支は1個あたりのものであって、化学反応のようなモルあたりではないので注意が必要である。1.2MeVを120万電子ボルトと呼ぶと非常に大きく感じるが、よく知られるエネルギーの単位で表わすと、非常に小さな値である(1.9×10-13J、5.28×10-20kWh)。モルのように具体的な粒子の個数を与えた時にはじめて大きな値となる。
   ファインマン・ダイアグラム上に示される粒子は、相対論的粒子であり、この図の例では、陽電子は時間軸に対して逆行するように表記されている。マクロスコピックの階層では、熱力学の第二法則により、時間は逆には進まないことが知られているが(→「熱力学時間の矢」)、ミクロスコピックな階層では相対論的粒子は時間を逆行することもある。対生成の逆の反応が対消滅であり、電子と陽電子が衝突すると、511keVのエネルギーを持つ2つのγ線(波長2.43pm)に変換される。
反粒子の利用技術と産業ガス
   産業ガスを取り扱う時、ガスの物理には熱力学と実在気体の科学、ガスの化学には電子を記述するシュレーディンガー方程式、分子間力や気体の液化を記述するには、量子化学までの知識があれば十分と思われていた。しかし、近年は、電子機材(半導体)やメディカル分野(生物、核医学)などの商材も増えてきているために、ここに示した、場の科学や反粒子に関する知識も必要になってきている。
   たとえば、酸素18同位体(18O)を原料として放射性薬剤を作り、医療診断を行う「FDG-PET診断法」は、この「電子−陽電子対消滅」によって発生するγ線を検出して断層画像を得る診断法である。酸素18同位体は、欧米では原子力関連企業あるいは試薬品メーカーが供給しているが、日本では、産業ガスメーカーが酸素の蒸留分離によって濃縮、医薬原料として製造・供給している。
   放射性の薬剤に含まれる18F(フッ素18)が崩壊し、そこから陽電子が放出される。陽電子は反粒子であるから、周囲にある電子とすぐに反応、対消滅してγ線が生成される。γ線のエネルギーは、通常のX線診断より大きく、透過力が強いため、吸収や散乱をされずに体外へ放射、観測される。基本的には、角度180度の方向に同時に二つの光子(γ線)が放出されるので、これを測定することによって詳細な画像が得られる。非常に高精度で鮮明な画像が得られ、がん診断やアルツハイマー症の診断に利用されて、近年は、ペット診断という言葉が一般にも知られるようになっている。
  PET(Positron Emission Tomography)のPは陽電子のPであり、反粒子はSFや素粒子物理学だけの言葉ではなく、既に実用化されている。(→「ベータ崩壊(β+崩壊)とPET診断」)
新たな真空の概念
   ディラックは、物質のない空間(真空)にエネルギーが存在するということを示したが、アインシュタインの特殊相対性理論以降、絶対空間という概念は放棄され「空間」は伸び縮みするものであり、時空は科学の対象となっている。
 何もないようにみえる空間(真空)には、粒子(物質)と反粒子(反物質)が生成し、その逆に、粒子と反粒子が消滅してエネルギーに変換されるという反応が常に起こっているということである。したがって、古典的には、物質が含まれていないように見える空間を「真空」と呼んでいたが、実際の空間には、仮想粒子の対消滅と対生成が起こっており、量子論における空間は、エネルギーを持つ「場」(ゼロではない真空期待値を持つ空間)と理解されるようになった。
 17世紀に、オットー・フォン・ゲーリケは、マクデブルクの半球を使って、空気を抜いた「真空」を作って見せた(1650年)が、ディラックによって、真空の概念は大きく変わり、本当の真空は「物理系の最低エネルギー状態」と定義されるようになった。
 その後、場の量子論が確立し、ディラックの海の概念そのものは必要とされなくなったが、真空の概念は変わった。もし、空間に物質が存在しなくても、その空間がエネルギーを持てば、それは真の真空とはいえなくなったのである。