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第68回 ミンコフスキー時空

 2018/06/10


特殊相対性理論の幾何学、ミンコフスキー時空
  特殊相対性理論を定式化する「Raumzeit、ラウムツァイト」という概念は、時間と空間を同等に取り扱うという物理学用語である。今ではすっかり普通の言葉として定着し、英語では、「spacetime、スペースタイム」と直訳された。
   日本語の「世界」は、サンスクリットの漢語訳が語源であり、「世」が時間、「界」が空間の概念であるため、日本語の「世界」とドイツ語の「Raumzeit」は直訳としては同じ意味を持つ。したがって、特に新しい言葉を必要としていなかったが、日本語の「世界」は 「world」 の意味で用いられることが多く、ミンコフスキー空間を物理学用語として、はっきりとさせるために「時空」という新しい日本語が作られた。ただし、ドイツ語や英語の語順と同じであれば「空時」となるところが、日本語訳は、「世界」と同じ語順、原語とは逆の語順「時空」となっている。
 
   ヘルマン・ミンコフスキー(1864〜1909年、ロシア)は、結晶学や金属学に応用される「格子」の概念を導入したことで知られる線型位相空間論の数学者であり、スイス連邦工科大学ではアインシュタインに数学を教えている。ミンコフスキーが特殊相対性理論に数学的基礎を与えた業績は大きく、時空を視覚的に表現する方法として「光円錐」を考案している。
   ミンコフスキーが時空の概念(「Raum und Zeit」)を公式に発表したのは、アインシュタインの特殊相対性理論より少し後の1908年であり、その時に「空間自身とか時間自身といった概念は消え去り、空間と時間を組み合わせたもののみが独立した実在であり続ける」と述べている。以降、われわれの世界は、ミンコフスキー時空と呼ばれるようになった。
   概念として空間と時間が等価といっても、通常の物理学の式では、空間と時間は異なる次元を持つ物理量であるため、ミンコフスキー時空の座標を表わす時には、
       
   と、時間の項は、光速度c[m/s]と虚数を掛けることによって表わされ、この表記によって、4つの次元は、全て長さの次元を持つ。
   ミンコフスキー空間における2つの点の間の「距離」は、3次元空間のピタゴラスの定理と同じよう表わすことができ、原点Oと上記のP点との「距離」(ミンコフスキー時空における距離)は、
     
  と示される。空間と時間は物理学的には等価であっても、通常の数学表記では、時間だけが他の次元とは異なった形で記述される。
 
   3次元のデカルト座標であれば、原点から距離ゼロの解は原点だけであるが、この式から分かるように、ミンコフスキー時空における距離ゼロの解は、点ではなく式の値がゼロになる球表面全体ということになる。
   ミンコフスキー時空の不思議な性質の解説は、様々な解説書に詳しい。なお、数学的な整合性のために、宇宙にはより高次の次元が必要とされており、超弦理論を統合するとされる「M理論」では、空間が10次元、時間が1次元と考えられている。超弦理論やM理論では、5次元以上の余剰次元はコンパクトにたたまれていると考えられており、その性質を知るための高エネルギー実験が行われている。ただし、これらは未完成の理論であり、最先端の科学以外の現在の一般的な科学で議論可能な時空は、このミンコフスキーの4次元時空である。
   特殊相対性理論を一文で表すと、「重力が無視できる条件で、ミンコフスキー空間が歪むことがなく、ローレンツ変換によって記述が出来るという、等速の慣性系を取り扱う理論」となる。
 さらに短く言えば、「重力を含まず加速度を含まない特殊な条件での相対論」であり、後にアインシュタインが提唱する「一般相対性理論」は、「重力を含む相対論」ということになる。
   
特殊相対性理論の帰結
   アインシュタインの特殊相対性理論は、電磁場理論と力学を統合したという業績が大きいが、その中で、次のような重要な帰結を与えている。
  @電場(electric field)と磁場(magnetic field)は独立した物理現象ではなく、磁場は電場を別の観測系で相対論的にみたものである。
A運動量保存則とエネルギー保存則は、別のものではなく四元運動量保存則としてまとめられ、「エネルギー運動量テンソル」が保存される法則である
B質量とエネルギーは等価である。
   特殊相対性理論を実証する研究がいくつも行われているが、その中でも、有名なのは、オットー・ハーン(1879〜1968年、ドイツ)による、原子核分裂において質量欠損がエネルギーに変換されるという実験(1938年)である。
 核分裂の時のほんのわずかな質量欠損が莫大なエネルギーとなって放出されることが実験によって確かめられた。
特殊相対性理論の 実証例
 特殊相対性理論による時間のローレンツ変換の実証に関しては、地上に降り注ぐミューオンの観測がよく知られている。
 地球の高層大気、地上から100kmほどのところでは、宇宙線(一次宇宙線、陽子線が90%、α線が8%)が、大気中の窒素原子に衝突していくつかの反応過程が生じている。一次宇宙線と大気のはじめの反応では、中間子が生成されるが、大半は崩壊してミューオン(ミュー粒子)となり、ミューオンの二次宇宙線がシャワーのように地球に降り注いでいる。
   カール・アンダーソン(1905〜1991年、米国)が宇宙線の中から「プラスの電子」、陽電子を発見(1936年)、続いて「重い電子」を発見(1937年)した。仁科芳雄(1890〜1951年、理化学研究所)らは、これを計測し「ミュー中間子」と呼んだ(1938年)。
 当時は、湯川が提唱していた中間子の一種だと思われ、ミュー中間子と呼ばれたが、その後、この粒子は、中間子の性質(すなわちハドロンの性質)を持たない粒子であることが分かり、電子と同じレプトンに分類されて、「重い電子」は「ミューオン」と呼ばれるようになった(1947年)。
   ミューオンは、電子と同じ荷電レプトンのひとつであるため、質量が大きいことを除くと電子に非常によく似ており、比較的、計測しやすい「素粒子」である。しかし、その寿命は短く、2.2μ秒しかないため、高層大気中に発生したミューオンの速度が光の速度に近いとしても、発生から消滅までの間にわずか600mしか進むことができない。したがって、もし時空が変化しないと単純に計算すると発生したミューオンのほとんどは地上には届かず観測はされないことになる。しかし、実際は地上に達したミューオンが観測されており、これが特殊相対性理論の実証のひとつとなった。
   発生したミューオンの速度は、非常に大きく、光の速度に近いため、慣性系の変換には、ガリレイ変換を使うことができず、ローレンツ変換が必要である。この時、ミューオンの時間の進みは、地球上よりも遅くなり、その寿命の間に約6000m進むことができるため、多くが地上に到達することができ、観測される。この現象は、ミューオンと同じ速度で移動する観測者の立場から記述することもでき、その場合は、時間の進みは同じであるが、空間(地球)がローレンツ収縮によって縮むため、やはり、ミューオンは地上に到達することができる。光速一定の原理から、観測者によって時空が収縮するという現象が実際に見出された。
   ここで、「粒子の寿命」というのは、崩壊していない粒子の数がはじめの1/e=0.3679になるまでの時間(平均寿命)として定義されている。これは、崩壊定数の逆数に等しい。したがってミューオンの寿命というのは、1個のミューオンが2.2μ秒で必ず崩壊するという意味ではなく、粒子が消滅する確率を表している。ミューオンのような素粒子の自発的変換過程の場合は、放射性物質の崩壊で用いられる半減期ではなく、粒子の寿命確率で示されることが多い。放射性崩壊は放射性物質の個数が減少するという現象に着目しているの対して、素粒子の場合は、変換されるまでの時間の確率に着目するためこのような違いが生じている。しかし、計算上、粒子の寿命にln2=0.693を掛けると半減期になるので、半減期と寿命の値はあまり大きくは異なっていない。
特殊相対性理論におけるローレンツ変換の例
   特殊相対性理論における簡単な速度の足し算の例を示す。 速度uで動く物体Aから速度vで物体Bを打ち出せば、物体Bのこの慣性系における速度は、ガリレイ変換であれば になる。これに対して、ローレンツ変換では、物体Bの速度はとなる。したがって、もし、 としてもBの速度は光の速度にしかならない。
   この式からは、光の速度を越える速度は得られないので、どのような慣性系でも光の速度を越えることがないということになる。観測者から見て光速で移動する宇宙船が光を放てば、宇宙船から見る光は光速で進むが、その光はどの観測者から見ても光速を越えることがない。「同じ現象でも観測者の立場が変わると、説明が変わる」というのがアインシュタインの相対論である。
   宇宙船の速度とそこから打ち出される粒子の速度が、いずれも光速度の0.5倍の時は、ローレンツ変換では光速度の0.8倍となるので、ローレンツ変換の足し算は、1+1→1、0.5+0.5→0.8、といった感じになる。それぞれの速度が光速度の1/1000の時、速度の合計は2/1000よりも100万分の2遅くなる。1/1000+1/1000=2/1000−2/1 000 000。
   光速度一定というのは、光の速度は、どんな足し算をしても1にしかならないということであり、ガリレイ変換のような1+1が2になることを考えている間は理解ができない。光速度は、現在のSIでは、299 792 458 m/sと9桁の有効数字で与えられており、一般的には、「秒速30万km」と書かれることが多い。