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第66回 カラム 数学と科学 

 2018/06/06

     

数学と科学の階層
 ガスの科学の位置づけを考えるために、人間が自然界を理解するために使ってきた手段である、数学と科学の階層を整理してみる。
 
   図に示すように、三角錐の頂点が人間界、底辺が数学と考えることができる。
   数学は、非常に明快で理論も非常にはっきりしており、誰でもが難解な数学を理解できるかどうかは別にして、基本的には異論がない世界共通語である。世界共通というのは何も地球上に限ったことではなく、宇宙のどこでも数学は同じはずである。地球上でも言語、文化、芸術など複雑なものはとても多様であるが、数学は、具体的な手法はどうであれ、考え方には違いがない。
   「科学」は科学的手法に基づく学問体系であり、その歴史は短く、数千年の歴史を持つ数学は対してわずか400ほどの歴史しかない。ガリレオ・ガリレイまでの長い時間、西洋には自然哲学と呼ばれる、主に人間の観念を中心に自然を記述する方法があった。これに対して、主に観察や実験による事実から自然を理解しようとしたのが「科学」であり、始まりはボイルの法則である。
  自然哲学や錬金術は、科学的手法に基づいた証明がないまま、理論だけが先行していくため、理論を破る事実が発見されるたびに根底が崩れていく。長く信じられていた「真空嫌悪説」などは、科学的根拠のない観念の理論であり、ゲーリケやボイルの実験によって覆された。
   17世紀のボイルに始まる、「科学」の世界は、観察や実証の繰り返しによって、科学的理論が構築されていく。しかし、観測が難しいことも多く、時には、理論が先行してその後から実施されることも少なくない。科学的手法は錬金術的手法や哲学的手法とは異なるものの、多くの科学が、仮説をたてそれを実証するという手順の繰り返しで発展してきているため、「諸説」が存在する。
  数学には諸説というものがないが、科学の世界には諸説があり未解決のものが非常に多い。知れば知るほど謎が深まるというのは、人間が自然に向き合う時の常である。
   科学の体系は、より単純な「物理」の世界から、非常に複雑な「生物」「人間」の世界まで広がっている。
   最も単純な系は、時空だけの世界である。時空(時間と空間)=エネルギー=物質であり、全ては「無」から始まっているので、最初に生まれた物質、素粒子の世界が最も単純明快な世界である。素粒子には個性や多様性というものはなく、同種の素粒子は全てが同じである。素粒子から原子核と原子が生まれ、これも非常に単純で明快な世界である。世界には、3000種類以上の原子があり、それらは同種の118種類の元素として分類されているが、たとえば酸素(元素)は酸素の性質を持っており、酸素の中には多様性や個性は存在しない。
  元素や原子は非常にシンプルで分かりやすい研究対象であり、20世紀に大きく発展した分野である。
   ガスの科学はガスの物理であり、科学の中で最も単純明快な分野ということになる。
   図の三角錐の物理のすぐ上辺りに、「化学」がある。ボイルが最初に「科学を始めた」とき、既に化学という領域や手法は存在しており、医学、薬学、錬金術などの道具を作るために用いられていた。
  ガスの科学が発展していくに従って、分子・原子説などの物質の科学が発展し、化学反応も科学の領域の一部と捉えられるようになっていった。ゲイ・リュサックやアヴォガドロなどによってガスの科学は化学の世界の謎を明らかにしていった。
  20世紀になって、非常に難解な化学反応や高分子の研究などが進み、化学は物理よりも一段複雑な科学として大きく発展、科学は純粋な学問から応用科学の分野へ広がっていった。
 
   物理学、化学と発展した自然科学は、純粋科学から応用科学へと発展したが、産業革命から20世紀現代科学の時代に向かって大きく発展したのが、工業分野における「工学」である。
  物理学の一分野である熱力学や金属材料の研究が工学の分野を大きく発展させ、20世紀の産業を飛躍的に発展させた。急激に膨張した経済活動は、人類を科学と戦争の時代へと導いてしまった。
   21世紀になって、科学はさらに複雑な系に応用が広がっている。生物や人間も化学物質、分子、原子からなり素粒子から成っているので、基本的には物理学の延長線上にあるはずである。もっと前から言えば、数学→物理学→化学→生命科学といった順に理解を深めていかなければならない分野である。
  しかし、生命科学の複雑さは桁外れである。科学は基本的に宇宙そのものが対象であるが、生物学、医学は地球という特殊な環境に研究領域を限定、地球上の生物と現在の人類に対象を限定している。しかし、それでも、生物の多様性は半端なく広い。地球上の物質と生物は、全く同じ元素から作られている、しかし、生命を全て数式で記述することは不可能である。生命科学は、単純系から積み上げていったものではなく、非常に複雑な体系を観察し、その機構の解明を試みるものである。21世紀になってやっと分子レベルでの研究や利用が可能になってきた。
数学が世界を救う?
   21世紀、文明は高度化し、科学の手法や道具も飛躍的に発展し、より複雑な分野へも科学が挑戦を始めている。ガス屋のビジネスもガスの科学という非常に単純な系からより複雑な系へ広がっている。このような時代に、本当に、必要とされるものは何なのか、より基礎的な学問が重要になるのではないかという提言がある。
 
 「数学が経済を動かすードイツ企業篇 」(シュプリンガー数学クラブ)2014年日本語版発行
この本は、ドイツ連邦・数学年2008キャンペーンに際して、ドイツの大企業の経営者が数学をどのように考えているかをまとめたもの。
巻頭には、200年前、近代地理学の祖アレキサンダー・フォン・フンボルトが残した言葉「数学こそ、すべての産業の核である」がある。

  ダイムラー、ルフトハンザ、SAP、ジーメンス、バイエルなどの20人が「我が社で数学が重要な理由」を語り、強い企業は、なぜ数学を大切にしてきたのかを示している。
 リンデ社のヴォルフガング・ライツレCEOは「技術革新に欠かせない数学」という寄稿を寄せている。 ガス、エンジニアリング、エネルギーの数々の課題を解決するのは数学なのだという。
   ライツレは、エンジニアリング用の便利な市販ツールが増えても、重要なのは、ハウスプログラム(自社開発のプログラム)であると言う。コンピュータのプログラムは、自然の現象や法則を最終的には数値に置き換えて計算する。中身は科学であり解法の手段は数学である。プログラムの中身をブラックボックス化し、ただ単に数値を入力して答えを得ているのでは、エンジニアリングとは言えないのではないだろうか。
 数学年のキャンペーン出版とは言え、多くの企業のトップが、数学が重要だと言いきるのは、何故だろう? 新たな時代の課題を解決していくのは、より基礎的な科学の知見かも知れないが、それは数学なのか?社会がより複雑な領域に進む中、本当に数学が企業を救うのだろうか?