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第62回 現代物理学と量子論 3−2 前期量子力学(4)波動方程式

 2018/05/9

    修正 2018/05/17

シュレーディンガー方程式(Schrodinger equation) 
 粒子であった電子が波であることが分かった。古典物理学には、波を取り扱う理論があったが、量子としての波を記述するための新たな力学が必要となった。
  ド・ブロイの物質波を発展させて、エルヴィン・シュレーディンガー(18871961年、オーストリア)が、量子力学の基本方程式(シュレーディンガー方程式)を提出した(1926年)。
   シュレーディンガー方程式には、時間依存の有無などの条件によっていくつかの種類に分類されるが、基本の式のひとつは、次のような形で示される。
        
 

 ここで、ψは、系の量子状態を表す状態ベクトルであり、系の力学エネルギーを表わす演算子ハミルトニアンHを用いて、様々な形式のシュレーディンガー方程式が導かれる。

  シュレーディンガー方程式の解は「波動関数」または「状態関数」と呼ばれる。
 粒子でありながら波でもある電子は、シュレーディンガー方程式で記述され、水素原子の持つ離散的なエネルギー準位がうまく説明された。シュレーディンガー方程式は、物質を波動関数で表わし、物理量を演算子(数学における作用素)で表わすという、量子力学の一般的な手法となり、量子系の状態を表す基礎方程式となった。
 
 本来、波動力学(wave mechanics)とは、通常の波を取り扱う力学であったが、これ以降は、波動力学と言えば、シュレーディンガー方程式を用いた量子力学における波の記述を指すようになった。
  古典力学ではエネルギーを表す「関数」であったハミルトニアンは、量子力学では、位置と運動量の関数である「演算子」あるいは「行列式」として表現される。したがって、前述のシュレーディンガー方程式は、非常に簡単な形式で記述されているが、実際の解法は少し複雑であり、シュレーディンガー方程式の具体的な解法だけで何冊かの書籍になるほど内容が豊富である。
シュレーディンガー方程式の評価
   量子力学における基礎的な記述には、シュレーディンガーの「波動方程式」とハイゼンベルクの「行列力学」 がほぼ同時期に提唱された。波と粒子という二重性を持つ「量子」の記述に対して、前者は「波」、後者は「粒子」的な取扱に力点が置かれている。発表された時の科学者の評価としては、まだ量子の持つ「とびとびの値」という概念にも慣れていない時代であるため、数学的には連続的な「波」として記述されるシュレーディンガーの方法が好まれ、支持されたようである。シュレーディンガーとハイゼンベルクはお互い、反目したこともあったようであるが、後に波動方程式と行列力学は数学的には等価のものであることが証明されており、どちらかが正しく他方が間違っているというものではない。
  量子力学の初期の段階では、量子の様々な現象を取り扱う時に、ある時は波、ある時は粒子というように、都合のよい方法が取られることが多かったが、波動方程式は、原子の中の電子の記述に用いられることが多く、主に化学の研究に利用され好評となった。これに対して。行列力学の方は、数学的にはかなり難解である。
   20世紀の化学は、原子・分子の軌道電子を取り扱うシュレーディンガー方程式が必須となった。
  シュレーディンガー方程式からは、いくつもの重要な帰結(結果や発見)が導かれており、ボーアの原子模型の時は、仮定であった電子の角運動量が量子化され、粒子が持つ波動性が導かれている。また、量子の確率性の問題を提起し、量子のトンネル効果を説明しており、化学だけでなく広く物理学にも利用されている。
  ただし、シュレーディンガー方程式は、「非相対論的」、アインシュタインの特殊相対性理論の考えを含まない理論であるため、高速で運動する粒子や「場」を記述することができない。相対論を含まないため「古典的量子論」と言われる。
ハミルトニアン
   シュレーディンガーはエネルギーの表現にハミルトニアンを用いた。ハミルトニアンについて少し整理する。
   エネルギーという概念は、近代になって考え出されたもので、活力やスタミナ、熱や運動などの取扱いの中から生まれている。解析力学(analytical mechanics)とは、もともと数学的記述に乏しいニュートン力学を解析学の手法を用いて新たに記述したもので、ラグランジュ(ラグランジュ力学)とハミルトン(ハミルトン力学)によってニュートン力学が再構築された。この時エネルギーを数学的に記述したものが「ラグランジアン」であり、「ラグランジアン=(運動エネルギー)−(ポテンシャルエネルギー)」という関係にあるが、「エネルギー」という用語自体は、ラグランジアンの後にヤングによって作られたものである。さらに「運動エネルギー」という言葉はウィリアム・トムソンが作った造語であるから、かなり新しい概念である。
  要するに活力のような実体のないよくわからないものは、まず「ラグランジアン」というもので表現され、その後、ラグランジアンからエネルギーが導きだ出されている。
   変数の入れ替えを行う「ルジャンドル変換」によって、「エンタルピー」という自由エネルギーが導出されたことを記した→「エネルギーを表現する関数」。エンタルピーは「熱関数」とも呼ばれ、化学プロセスなどで熱収支を記述する際に非常に使いやすい物理量となっている。この時に行われた変数入れ替えのテクニックであるルジャンドル変換は、元々は、熱力学のために編み出されものではなく、解析力学におけるエネルギーを記述する関数のために作られたもので、ラグランジアン→ハミルトニアン という変換がオリジナルである。
   ニュートンの記述は、直感的ではあるが、数学的・解析的ではなく、実体のないエネルギーの記述が難しい。
 力学の記述に、エネルギーの概念を外すことはできないが、そもそも、ニュートンの時代、17世紀にはまだエネルギーという概念そのものがないので、オリジナルのニュートン力学は、使えない科学と言える。
 ラグランジュが構築した解析力学は、ニュートン力学を数学の問題に置き換えて再定式化したため、数学的に洗練され、力学やラグランジアン(エネルギー)の問題を数学の問題として記述することが可能になった。ニュートン力学が見直され、使える科学になったのはラグランジュの功績である。ただし、現実の現象を数学の問題として記述するということは、現象の理解が直感的ではなくなるということでもある。
 もともとエネルギーの概念は、物理量として表現しにくいものであるが、解析力学はこれを数学的に取り扱うことを可能にした。
  シュレーディンガーは、系の力学エネルギーの記述にラグランジアンを変換したハミルトニアンを用いたが、古典物理学におけるハミルトニアンが関数であるのに対し、量子力学、シュレーディンガー方程式におけるハミルトニアンは演算子となっている。
 

ニュートン力学と解析力学

古典力学

創始者

特長

欠点

エネルギーの表現

ニュートン力学

17世紀:
アイザック・ニュートン

直感的

座標変換などが使いにくい

エネルギーの概念そのものがない

ラグランジュ力学

19世紀:
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ

解析的
数学的

直感的でない

ラグランジアン

ハミルトン力学

19世紀:
ウィリアム・ローワン・ハミルトン

解析的
数学的

直感的でない

ハミルトニアン

   エネルギーは19世紀初頭、トマス・ヤング(17731829年、スコットランド)が著書「自然哲学講義」の中で、活力に変わる概念として「エネルギー」という言葉を用いたのがはじめて(1807年)であるが、すぐに、ラグランジュやハミルトンが力学系にエネルギーの概念を導入してニュートン力学を再構築した。
 「活力」は力と運動の関係を示そうとしていたが、新たな概念である「エネルギー」は力と仕事の関係を表わした。その後、ガスパール=ギュスターヴ・コリオリ(17921843年、フランス)によってそれまでの活力が、1/2mv2と定式化された(1829年)。 これがウィリアム・トムソン(ケルビン卿)(18241907年)によって「運動エネルギー」と名付けられたのは、ニュートンのプリンキピアから160年も後のことである(1850年)。
   トムソンとの共同研究によってジュール・トムソン効果を発見したジェームズ・プレスコット・ジュール(18181889年)は、熱が物質(元素)ではなく、エネルギーの一形態であることを実証した。19世紀に生まれたエネルギーの概念は、解析力学に組み入れられてニュートン力学が再評価されることになった。そして、エネルギーの概念と改正機力学はガスの科学にとって最も重要な熱力学の発展にもつながっていった。
  また、ニュートン力学のために考え出された解析力学は、この形式(ラグランジェ形式とハミルトン形式)が、ニュートン力学のような古典物理学だけでなく、量子力学や相対論のような現代物理学についても適用可能である。そのため解析力学の手法は20世紀以降も有効なツールとなった。ただし、ハミルトニアンは、解析力学ではエネルギーを表現する関数であったが、シュレーディンガー方程式では、エネルギーを表現する演算子となっている。