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第60回 カラム プランク単位

 2018/04/23

                          

(1)自然単位系
 理論物理学には、「自然単位系」という地球に依存しない単位があり、自然単位系のひとつに量子の生みの親であるマックス・プランクが20世紀初頭に提唱した「プランク単位」がある。
  自然単位系とは自然界に存在する物理定数の中からいくつかの定数を選び、それらの定数によって正規化して物理量を定義し直すというものである。
   プランクが活躍した時代には、「宇宙には特別な場所はない」という「原理」は、まだ確立されていなかったが、プランクは、「自然界を記述する尺度は、メートルのように地球に限定された特殊なものではなく、より普遍的であるべきだ」と考えて、プランク単位を考案した。マックス・プランクの時代、宇宙は今よりもはるかに小さく、太陽の他に恒星があったとしてもそれは銀河の範囲に限られていたが、プランクも地球に偏らない単位が必要だと考えた。
(2)地球が中心ではないということ、cosmological principle
  メートルは、地球の大きさや水の物性など特別な条件から決められたものであり、人間の都合で決められたものであるから、自然界を表わす尺度としてふさわしくないという考え方がある。
 現在、1mは、光が1秒間に進む距離1光秒の299 792 458分の1と定義されているが、そもそもは、地球の子午線を意図して決められているので、地球特有の尺度である。時間の1秒も同様で、より普遍的であるはずの光速度の方が地球単位によって約30万km/秒という半端な数字にされている。
 地球は、自然界(宇宙)の平均から外れた不自然な存在である。星が存在すること自体、自然の平均から外れているが、地球の大きさや自転速度、公転の速度など全ての値が、地球特有のものであって、普遍的なものではない。
 かつて地球のまわりを太陽がまわっているという天動説が長く信じられていたが、太陽のまわりを地球が回っていると考えた方が合理的であるということから、地動説が主流となった。
  地動説は太陽中心説であり、動かない太陽の周りを地球などの惑星が回っていると考えると、様々な現象や観測がうまく説明できるようになった。しかし、その後、太陽も運動しており、10万光年ほどの大きさの銀河系の中で約2億年の周期で公転していることが分かった。太陽も静止していないのである。
  その銀河系も宇宙に数多く存在する銀河のひとつにしか過ぎず、銀河系は、さらに大きな銀河群の中で運動し、全てのものが、宇宙の大規模構造の中に存在し、運動していることが明らかとなった。天動説が不自然であったように、地動説=太陽中心説もやはり不自然である。歴史的には、どこかを中心にするという考え方そのものが合理的ではなく、何かを中心に固定するという説は、ことごとく失敗しているようである。宇宙には静止している点や絶対空間のようなものは存在していないため、現代の科学は、「宇宙原理」に基づき@宇宙のどこでも同じ法則が成り立つA宇宙には中心も端もない、と考えるようになった。
 全てが、人間や地球を中心に動いているという古い哲学思想から、どこにも中心がない、「宇宙には特別な場所は存在しない」という科学的な立場にたどり着くまでには、長い時間がかかったが、現在は、この原理が広く認められるようになっている。どこにも中心はなく、全てが対等であるとすると、それを記述する尺度も普遍的でなければならないということになり、自然単位系は普遍的な単位系でなければならない。
(3)プランク単位系(Planck units)
   プランク単位系は、地球以外の宇宙でも通用する地球に偏らない「自然単位(natural units)」のひとつである。科学に神を持ち出すのもおかしいが「神の単位」と呼ばれることもある。
 プランクが量子力学の世界で活躍したのは20世紀最初の四半世紀頃である。一方、それまでのメートル法(MKS単位系)を整理して、SI(国際単位系)が国際的に取り決められ、制定されたのは、1954年の国際度量衡総会である。歴史的にはプランク単位の方がSIよりも古い。
 プランクは、人々が使っている単位は、時空間も質量も地球や水や太陽など人間中心に決められたものであって、局所的にしか通用しない単位であるから自然界を記述するのにはふさわしくないと考えた。
  長さは地球の子午線の長さが元になっており、質量はその長さから求まる体積と水の重さがもとになっており、地球という惑星とそこにあった物質を基準に決められ、時間も地球の運動から決められている。それまで物理学で用いられていた単位は、極めて人間本位の単位であって、宇宙や物質を表す共通の言語ではないと考えた。
   自然単位系で正規化のために選ばれる物理定数には、真空中の光速度 、万有引力定数 、換算プランク定数(ディラック定数)、クーロン力学定数 、 素電荷、電子の静止質量 、陽子の静止質量 、ボルツマン定数、ボーア半径などが候補として考えられるが、プランク単位では、真空中の光速度、万有引力定数、換算プランク定数(ディラック定数)、クーロン力定数、ボルツマン定数の5つが選ばれている。
  これらの定数を全て「1」とし物理の法則を表す数式などからこれらの記号を全て消し去ることによって、「人間中心的な自由裁量が除かれた単位系」を構築される。これらの定数は、数値が1になるだけでなく物理学的な次元も消されてしまい、記号そのものが消えてしまう。そのため、単位系は再定義され、法則や定理は、地球に限定されない書式で記述される。
 たとえば、地球の単位系であれば、エネルギーは  あるいは、、と示されるが、プランク単位では、 となる。エネルギーは、波動であり、エネルギーは質量であるという式が、定数や係数なしで示される。ではなく、であるから、単位系自体が質量とエネルギーを等価としており、エネルギー保存則や質量保存則といった個別の法則もなくなる。
 プランク単位系では、質量=波=温度=エネルギーである。
 かつて、熱と仕事が変換可能で、熱量に相当する仕事は「熱の仕事当量」という概念で結びつけられ、詳細な研究が行われたが、現在は、熱と仕事は同じエネルギーであり、カロリー(cal)とジュール(J)は、単に係数で換算される関係になっている。熱はエネルギーの単位が統合されることによって、熱の仕事当量を特に意識することなく取り扱うことができるようになったが、自然単位系によって様々な物理の法則が、その存在を意識することなく用いらることができる。
ただし、その他の単位系では5つの物理定数は有次元であるため、従来の数式に換算する時には、少々複雑な手順が必要となる。
  地球に依存しない自然単位から得られる式は、極めて明解である。光速度もアインシュタインの特殊相対性理論も式としては現われず、単位系そのものが、光速度一定の原理、質量とエネルギーの等価、量子の粒子性と波動性、ボルツマンの定理を含んでいる。定数、係数、法則が式に表れず、質量、温度、量子の性質などが非常に簡単に定式化される。
(4)プランク長
   天文学や一般相対性理論では、シュヴァルツシルト半径(重力半径)という長さがよく知られている。非常に大きな重力によって空間が閉じてしまい、光さえ脱出できないという「ブラックホール」の大きさがシュヴァルツシルト半径であり、その大きさは、天体の質量に依存している。
 カール・シュヴァルツシルト(18731916年、ドイツ)は、アインシュタインの一般相対性理論の重力方程式(1915年)の解を求めた時に、シュヴァルツシルト半径を発見した(1916年)。シュヴァルツシルト半径よりも小さく収縮した天体はブラックホールになり、その大きさは、次式で求められる。
  ただし、「ブラックホール」という言葉は1967年に考え出されたものであり、それまでは「完全に崩壊した重力物体」という長い名前で呼ばれていた。
    
   ここで、Gは万有引力定数、cは真空中の光の速度、Mは天体の質量である。
 たとえば、太陽のシュヴァルツシルト半径は、約3×103m(3km)である。太陽の直径は約139kmであるから、太陽が作る直径6kmのブラックホールは、太陽よりもはるかに小さい。したがって太陽内部の核融合反応によって発せられる光の大半はブラックホールに閉じ込められることなく、太陽の表面まで到達し太陽の外に放射され、太陽系を照らしている。太陽は、自分自身をブラックホールに閉じ込めることができるほど大きな質量を持っていないということである。
  恒星の進化の理論からは、太陽の10倍ほどの星は重力崩壊によって中性子星になり、30倍ほどの質量であれば、重力崩壊がさらに進行してブラックホールが残る。太陽の寿命は残り50億年ほどとされているが、太陽は進化しても質量が足りないため重力崩壊することはできない。
   式から分かるように、質量が大きいほどシュヴァルツシルト半径は大きく、ブラックホールは大きい。
  一方、この式は、非常に大きな質量を持つ天体だけでなく、全ての質量に対して適用され、シュヴァルツシルト半径を求めることができる。
 プランク単位系の「基本質量」に対応するシュヴァルツシルト半径を、「基本長さ」として定義したのが「プランク長」である。
 ここで、プランク単位系における単位質量は、次式でSIに換算される。
        
   はディラック定数(換算プランク定数)。添え字のPはプランク単位系を表わしている。
   基本質量は、物理的には、コンプトン波長 (コンプトン波長は、量子論的に質量を長さに変換する)をπで割ったものと、これに対応するシュヴァルツシルト半径が等しくなる質量、と少々ややこしい定義がされているが、基本質量に対応するシュヴァルツシルト半径は、次式でSI単位に換算される。
        
   は、「プランク長」と呼ばれ、通常の物理学では、これよりも短い長さは現れないとされる長さの基本単位である。ただし、プランク長は、非常に小さな長さではあるが、「量子化」された長さという意味ではなく、あくまでも基本質量に対するシュヴァルツシルト半径として定義されている。
  単位質量SIでは約20μgほど)に対応するシュヴァルツシルト半径はめて小さい。
   本当ならば、これは非常に分かりやすい長さの単位であるはずであるが、1プランク長さ()を、SIに換算すると、1.61610-35mである。数値が半端で、非常に小さな値である。その原因は、プランク長の決め方にあるのではなく、メートルの決め方に理由がある。自然を表現する長さの単位1プランク長さに対して、人間にとって身近な長さ1メートルは、あまりも大きいのである。
 1メートルと1プランク長は十進法で35桁も異なるため、自然界の階層を数字で表現してイメージしようとすれば、どの尺度を使っても、必ずどこかが分かりにくくなる。
    自然を測る尺度をどのように決めても、桁違いなものが現れる。たとえば、1モルの物質量を表すアヴォガドロ定数(6.022×1023mol-1)や、エントロピーと物理量を表すボルツマン定数(1.38×10-23JK-1)もSIにおける数値は、桁外れである。
 最も基本的な物理定数であるプランク定数は34桁、万有引力定数は11桁、真空の誘電率は11桁と、物理の定数には、非常に大きな羃乗がつきものである。人間にとって身近な単位は、自然界にとっては桁外れである。
  したがって、一般的な感覚として、実学の分野では、プランク単位の使用は、相当に厳しい。たとえば、ヒトの身長は1.05×1035プランク長(1.7m)、東京スカイツリーの高さは3.92×1037プランク長(634m)である。この数字がヒトの大きさと構築物の大きさを正しく表現している。実感として、プランク長の1035乗倍の人間とプランク長の1037乗倍の4倍のスカイツリーの違いは非常に大きいはずである。しかし、慣れない数字は、使いにくい。
 われわれは、既にメートルという長さの尺度に長い時間、慣れており、日本では、100年くらいの歴史がある。地球の直径程度であればキロメートルの方が理解しやすい。それより大きくなるとメートルではよく分からないが、プランク長ではもっと分かりにくいので、光速度を利用する距離(光年)や年周視差、天文単位などが用いられる。大きい方は、107m1km)までであれば、メートルが分かりやすい。1メートルや100メートルであれば、メートルは、日常生活で十分にその大きさを理解できる尺度である。
 小さい階層では、マイクロメートル10-6mやナノメートル10-9といった単位がよく使われるようになっている。ナノテクという言葉は、まさしくメートル法限定の「10-9」を意味する表現であり、本来の概念である「メゾスコピック領域」という言葉よりも、「ナノ領域」の方が知られるようになっている。
  実際にナノメートルを測ったり、見たりする機会はほとんどなく、この大きさを実感することはできないが、ナノ(10のマイナス9乗)や原子レベル(10のマイナス10乗)までは、メートルという単位を使っても、イメージが沸く。メートルは特別な単位であるが、35桁も異なるプランク長で階層を数え、表わすのは難しいので「地球の方言」のままの方がよさそうである。
(5)プランク時間
   プランク長さの距離を光が進むのに要する時間を「プランク時間」と呼び、次式でSIに換算される。
     
   プランク時間は、非常に小さな値を持つ時間であり、SIの1秒はプランク時間1.855×1043という非常に大きな値になる。
 20世紀の科学では、宇宙の起源が詳細に研究されるようになったが、最新の研究では、時空は、プランク時間、プランク長さから始まったと考えられるようになっている。
  プランク時間より短い時間は存在せず、実時間のゼロも存在しないので、宇宙の時間は、いきなりプランク時間から始まり、その空間の大きさは、プランク長さであったと考えられている。エネルギーがとびとびであったように時空にもそれ以上分割できない最小単位があるようである。
 プランク長さは、プランク時間に光が進む距離とも言い換えることができ、科学はこの距離に起こることを予測することができないという意味で基本の長さと考えられている。
  現在は、この宇宙の始まりを「プランク時代」(0.5×10-43秒)と呼び、理論的な研究が行われている。今の科学では、プランク時代の詳細な解明は難しいが、それよりも少し後の時代、10-12秒後については、それを記述する仮説が実験(高エネルギーの加速器実験)によって確かめられつつある。
(6)その他の物理量の換算
   自然単位系は、一般の工学ではあまりみかけないが、量子力学や物性物理で比較的よくみかける。たとえば、電子の自由度のひとつ角運動量(スピン)は、±1/2と示されることがあるが、これはプランク単位による表記である。SIでは、スピンは無次元ではなく、ディラック定数が掛かるため35桁も異なる数値となるが、スピンの値をこの有次元の値で表すことの方が珍しく、通常のスピンの値は、無次元の量子数、プランク単位で示される。
 スピンはプランク単位の方が分かりやすく、SIの方が分かりにくいが、その他のほとんどの物理量は、プランク単位からSIに換算する時に、慣れ親しんだ値からはとてつもなく外れた数値を導き出す。
たとえば圧力は、プランク単位の力とプランク長から得られる面積から再定義され、SIに換算すると、
     
  とても大きな値になる。
  主な物理量のプランク単位とSI単位の換算を示すと、温度は
    
  エネルギーは
    
  電荷
     
   質量とエネルギーはそこそこの値(それでも69桁)の違いであるが、他の物理量は、おそろしく桁が異なっており、想像が難しい。
   なお、仏教には、時空を表わす概念が知られており、時間を表わす尺度に、刹那、念(時間の最小値、10-18)、瞬息(10-16)などがあり、空間を表わす尺度には、虚空(10-20)、虚(10-20)、空(10-21)などがある。ただし、これらは、具体的な次元を持たず、漢字文化圏における命数(万や億と同じ数の単位であり、SIにおける数の接頭語と同じ)として用いられているため、SIにおける時間「秒」や長さ「メートル」との間の換算や比較を行うことはできない。したがって、刹那(10-18)とプランク時間(5.39×10-4444秒)の大きさを直接比べることはできないが、概念としては、いずれもゼロではない非常に小さな時間の単位のようである。