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20世紀初頭からの科学は「現代物理学」と呼ばれ、それまでの「古典物理学」とは大きく異なる科学体系のもとに築かれている。現代科学は、「量子論」と「相対論」の二つの理論の登場によって世界を大きく変えた。物理学を基礎とする「化学」「生物学」などのより複雑な科学の分野、さらに応用科学であり実学である、工学、農学、医学などの広い範囲にもその影響は及んでいる。20世紀後半を代表する応用科学である電子工学などはまさに現代物理学の成果の上に成り立っていることがすぐに分かるが、ガスの科学と産業ガスビジネスも現代物理学なしにはその理解や応用ができないほど密接に関わっている。
電子技術や電子材料の分野において産業ガスが極めて重要な役割を果たしているため、量子力学、相対論、場の理論、物性物理学などを通じて、これらの産業と産業ガスがつながっていることが容易に想像できるが、ガスの液化、ガスの分離、様々なガスのハンドリングといった通常のガス屋のビジネスが現代物理学に深く関わっていることは意外に知られていないようである。 |
@ガス屋の歴史を現代物理学の始まり |
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現代物理学は1900年のマックス・プランクによるエネルギーの量子化から始まるが、ガス屋の始まりはそれよりも少し前である。
19世紀の初めに、ガス灯(街灯)のためにタウンガス(都市ガス)供給のビジネスが興った(1812年)。19世紀の後半には、ライムライト照明(劇場灯)のために、酸素ガスの製造販売が行われるようになった(1884年)。都市ガス(可燃性ガス)と酸素ガス(支燃性ガス)は、それぞれ、照明用のガスとして市場に現れたが、19世紀後半から電気の利用が広がり始め、照明の中心は電気に変わっていった。1878年に白熱電球が実用化され、1888年に交流送電技術が実用化、20世紀には蛍光灯が発明された(1926年)。
照明用ガスの市場は消滅し、街灯用の都市ガスもライムライト用の酸素ガスも必要なくなった。しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけて発達した「熱力学」を利用して、様々な熱機関が発明され、都市ガスは、動力源、熱源として使用されるようになり、ガス屋の一方(都市ガス)は、エネルギー供給産業となり、大きな社会インフラストラクチャとなった。
一方、酸素ガスは、エネルギーを大量に使用するバリウム法(ブリンプロセス)で製造されていた(→「第46回 1−4 空気分離(1)酸素の製造」)が、19世紀末に空気の液化技術が開発され、20世紀初頭には、それを利用した深冷空気分離装置が発明されたため、非常にエネルギー消費が少ない方法で酸素ガスと窒素ガスが同時に大量生産できるという技術が確立した。(「第51回 1−4 空気分離」)
タウンガスはエネルギー供給産業となったが、酸素の製造は、工業用素材供給のビジネス、工業ガスへと展開した。大量安価な酸素は、酸素製鉄法、溶接、溶断などに使用され、窒素は化学産業に利用されるようになり、20世紀後半からは、半導体製造などに欠かせないガスとなった。20世紀の基幹産業(鉄とそれを利用する造船や自動車などの機械工業)と化学・電子産業は、産業ガスの大量供給なしには成立しなかった。
20世紀以降の産業技術は都市ガスと産業ガス(工業ガス・医療ガス)なしには語れないが、ガスの製造、供給、品質管理(ガスの分析)などには新しい物理学の成果が必要であった。
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A物質の科学とガスの科学 |
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空気から発見された新元素・アルゴンの発見は、その時期が現代科学の始まりと重なるというだけではない。アルゴンおよび希ガスの発見は、空気の液化技術とも密接に関連しており、深冷空気分離技術の確立と新しい科学の時代は相互に関係を及ぼしている。 |
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19世紀末から20世紀の第一クオーターまで、その間の主なできごとを時系列で整理してみる。 |
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1882年 |
ウィリアム・ストラット |
空中窒素の方が化学窒素よりも重いことを発見。公表した |
1890年 |
ウィリアム・ヒレブランド |
米国地質調査所のヒレブラントがウラン鉱石の中から化学的反応性に乏しいガスを発見。これを窒素だと報告した |
1894年 |
ウィリアム・ストラット
ウィリアム・ラムゼー
カオル・オルショウスキー
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新元素アルゴン発見した発表。科学の常識を破る新元素。 |
1894年 |
ウィリアム・ラムゼー |
ヒレブランドが発見したガスは、窒素ではなく、ヘリウムであるこを確認、地球上にもヘリウムが存在すること発見。 |
1895年 |
ウィリアム・ハンプソン |
空気の液化に成功。BOC社に技術を供与、液体空気をラムゼー研究室に提供し、これがネオン、クリプトン、キセノンの発見につながった。空気の液化は空気の蒸留分離法につながる。 |
1897年 |
JJ・トムソン |
電子の発見 |
1900年 |
マックス・プランク |
エネルギーの量子化の提唱 |
1905年 |
アルベルト・アインシュタイン |
奇跡の年。光の量子化(3月)、分子の発見(5月)、特殊相対論(6月)、E=mc2の定式化(9月) |
1910年 |
カール・フォン・リンデ
フリードリッヒ・リンデ |
空気分離ダブルカラムプロセスの開発。 |
1912年 |
ニールス・ボーア |
原子模型の完成 |
1913年 |
JJ・トムソン |
安定同位体の発見(ネオン) |
1915年 |
アルベルト・アインシュタイン |
一般相対性理論 |
1925年 |
ヴォルフガング・パウリ |
排他原理の発見 |
1926年 |
エルヴィン・シュレーディンガー |
波動方程式 |
1927年 |
ヴェルナー・ハイゼンベルク |
不確定性原理の発見 |
1932年 |
カール・デイヴィッド・アンダーソン |
陽電子の発見 |
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ガスの科学に関わる主なできごとだけでも、短い行ではとても書ききれないが、20世紀の最初の4半世紀に起こった物理学の大きな変化は、全ての科学と産業に大きな変革をもたらし、ガスの科学、物質の科学に大きな変化をもたらした。 |
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