サイト・トップ
ガスの科学ブログ
ガスの科学目次
 
前の記事
39
次の記事
 
前へ
目次順
次へ
第39回 2−4 希ガスの科学(4)
 2017/12/30
    2−4−5 原子核の崩壊と希ガスの生成  

(1)原子核の崩壊モード
 地球創世記に存在していた希ガスはほどんど失われており、現在、地球上に存在している希ガスのほとんどは、核壊変(原子核の崩壊)によって生成されている。
 アルゴンは、カリウムを親物質として、電子捕獲(EC崩壊)という、珍しくはないが、やや馴染みのない崩壊過程で生成され、ヘリウムは、主にウランを親物質とするアルファ崩壊(α崩壊)という、自然界にごくありふれた反応に伴って生成されている。
  地球上の希ガスを理解するためには、原子核崩壊の理解が必要である。
    われわれを取り巻く放射線には、いくつかの種類に分類され、@一次宇宙放射線(宇宙線や太陽から来る粒子)、Aこれらの粒子と地球大気との反応による二次宇宙放射線(空気シャワー、オーロラ)、B非電離放射線(太陽光線、紫外線、電磁波)、C人工のX線・粒子線(医療診断用、非破壊検査用)、中性子線(原子炉等)などが知られている。
 自然界には、宇宙からやってくる放射線、人工の放射線、の他に地球上(地表面、地殻、水圏)のいたるところに原子核崩壊に伴う放射線がある。
   原子核の崩壊に伴って放射線が放出され、α崩壊からα線、β崩壊の一部からβ線が放出され、γ崩壊やIT崩壊(核異性体転)からはγ線、EC崩壊からは特性X線が放出される。
 原子核が崩壊する時、ひとつの原子核から2つ以上の反応性生物ができるが、軽い方の生成物は、電子や陽電子など種類が限られているため、その種類によって壊変形式が分類整理されている。
  大きく分けると、@粒子(中性子やα粒子のような大きな粒子)を放出する粒子放出崩壊、Aベータ崩壊(電子のような小さな粒子)、B崩壊によって核種が変わらない核種不変崩壊があり、その他にC制動放射による放射線(電磁波)の発生がある。
   図に原子核の主な崩壊モードを示す。
()の中の人名は発見者あるいは理論的説明を行った中心人物である。
 
   粒子放出崩壊では、α崩壊が最もよく知られている。
 原子核の中からα粒子が飛び出す現象は、通常は超えられない障壁を量子が染み出すトンネル効果としてガモフによってその機構が示された(1928年)。
  その他の粒子放出崩壊は、原子力関連や高エネルギー研究などの専門分野に関するもので、ガスの科学とはあまり関係がない。
   ベータ崩壊は、粒子崩壊放出よりもはるかに小さな粒子、電子やニュートリノを放出する崩壊モードであり、細かく見ると5種類の崩壊モードがあり、その中にはβ線を出さないものもあるので少々ややこしい。
  β崩壊から放出される放射線は、電子線であるが、測定されるエネルギーはばらばらで、電子のエネルギーにはなっておらず、一時はエネルギー保存則の破れまで検討されたが、観測されない電荷が中性の粒子があるとパウリが予測、その後、ニュートリノが発見された。
  アルゴンとヘリウムの生成に関わるβ崩壊とα崩壊については、あとで、もう少し詳しくみていくことにする。
(2)ベータ崩壊(β崩壊、beta decay)とニュートリノ(neutrino
   狭義のベータ崩壊(β崩壊)は、原子核の中から電子(β)または陽電子(β)が飛び出して「原子番号が変わり、質量数が変化しない」崩壊モードである。前者をβ崩壊、後者をβ崩壊と呼ぶ。
 アーネスト・ラザフォード(18711937年、ニュージーランド、イングランド)は、原子核が崩壊して陽子と電子が放出される現象を発見した(1898年)。
 電子の流れは、電子線あるいはβ線とも呼ばれ、電子はその前の年にJJトムソンによって発見されており、ラザフォードが発見したこの反応はβ崩壊と呼ばれた。
   同時期に発見された主要な3つの崩壊、α崩壊、β崩壊、γ崩壊のうち、α崩壊とγ崩壊はエネルギーがとびとびの値をとるのに対してβ崩壊のエネルギー分布は連続的に現われ、反応の前後でエネルギー保存則と角運動量保存則が成立しないことが問題となった。β崩壊が発見された時の大きな謎となった。
パウリのニュートリノ仮説
   ヴォルフガング・パウリ(19001958年、オーストリア)は、普通の方法では観測されない未発見の粒子が存在するはずだと考えて、β線のエネルギーの連続性を説明した(1931年)。パウリのニュートリノ仮説である。
 エンリコ・フェルミ(19011954年、イタリア)は、パウリが予想した粒子は、中性子が崩壊する時に陽子とともに放出される電気的に中性な新粒子であると考え、「ニュートリノ」(中性微子)と名付けた。
   電気的に中性な粒子は観測が難しい。電荷のない中性子(neutron)の存在は、アーネスト・ラザフォードによって予想され(1920年)、ジェームズ・チャドウィック(18911974年、イングランド)によって発見された(1932年)。しかし、電気的に中性で、質量が非常に小さいと予想されたニュートリノの検出は中性子の発見よりもさらに困難であった。
    ニールス・ボーア(18851962年、デンマーク)は、原子核内部の粒子にはエネルギー保存則が成り立たないという大胆な仮説をたてて、パウリの仮想粒子に反対した(1934年)。
 ボーアは、時に大胆な提案を発することで知られる物理学者である。
  原子の中の軌道電子が原子核に墜落しない理由が謎とされた時に、ボーアは、電子の軌道はとびとびであり、外側の電子は内側の電子に遮られて落ちることができないと提唱し、位相の揃った軌道のみが許されるというボーアの原子模型を作った。はじめは全く根拠がない提案とも思えたボーアの考えも、ド・ブロイによって電子が波として記述され、物質が波であるという物質波の概念が確立された。
 また、ボーアは、物理学の確率性と決定論をめぐる論争において、「不確定」は自然の本質であるとし、自然界は決定論的であると唱えるアインシュタインと激しく論争した。ボーアによって、不確定は証明も説明もできないもの、すなわち「原理」であって、不確定性は自然の本質であるという解釈が与えられ、量子力学とその後の科学は大きく進展した。
  しかし、今回のボーアの大胆な仮説、原子核の中ではエネルギー保存則は成り立たないという理論は、ニュートリノの発見によって不発に終わった。
ニュートリノの発見
   パウリの予言から20年以上もたち、20世紀も中盤になって、フレデリック・ライネス(19181998年、米国)とクライド・カワン(19191974年、米国)が、ついにニュートリノを発見した(1953年)。
  ライネスらは、原子炉から出るニュートリノを陽子・中性子と反応させて荷電粒子を発生させる方法で未知の粒子を検出、原子炉の運転と信号の増減を計測して、観測値が理論の予測と一致することを示してニュートリノの存在を実証した。
 ニュートリノの発見によって、β崩壊におけるエネルギー保存則と角運動量保存則が成立し、β崩壊の謎が解かれ、物質の構造を調べる研究が進んだ。
β崩壊の例(1)
   中性子の平均寿命は、約886.7 秒(15分)、β崩壊する。
   中性子は、このように短時間で崩壊するため、中性子だけであれば物質は長くは存在することができず、宇宙には星も銀河も生命も生まれなかった。中性子を持たない原子は水素だ(1H)けである。しかし、原子核の中にある時の中性子は安定である。中性子と原子核は短時間のうちには崩壊せずに維持され、宇宙には物質が生まれた。
 
   図にひとつの中性子がβ崩壊して3つの粒子になる様子を図示する。この図は、量子の反応を表す標準的な方法であるファインマンダイアグラムの書式で表したものである。縦軸が時間、横軸が空間である。
  中性子を構成するダウンクォークのひとつがアップクォークに変わり、その結果、中性子は陽子に変換、そこで、現れる波(ウィークボソン)から電子と反電子ニュートリノが生成される。
 
   この反応は、量子色力学(別項)におけるバレンス・クォークモデルに従った記述であり、中性子が陽子に変わる反応を正確に記述しているが、少々細かすぎる。
   次の図は、反応の前後を簡単に表したものである。ファインマンダイアグラムではないため、 時空が表現されず、粒子と波の関係が曖昧であるが、直感的には分かりやすい。
 
β崩壊の例(2)
   不安定な核種では、原子核の中の中性子が核の外に飛び出すことがある。低い確率であるが、原子核の中の中性子が直接β崩壊することもあるが、一般的には、まず、中性子が飛び出し、外に出て不安定になった中性子がβ崩壊を起こし、結果的には次のような、原子番号がひとつ増える反応が起こる。
 
  この図は、反応の過程を省略して反応の前後の結果だけを示したものであり、β崩壊で、原子番号がひとつ増えて、別の元素の原子に変わるということを粒子のイメージとして示している。また図にあるように、複合粒子(陽子、中性子)や素粒子(電子、ニュートリノ)が球体の粒子である必要はない。
    カリウム4040K)が地球の空気中のアルゴン4040Ar)の親物質であることを示したが、カリウム40は、89.2%の確率で起こるβ崩壊で、原子番号がひとつ増えて、カルシウム40Caに壊変し、残り10.8%の確率でEC崩壊し、原子番号がひとつ減ってアルゴン40Arに壊変する。
   β崩壊を説明したニュートリノの研究は、その後も続けられ、1987年には、小柴昌俊らが3種類のニュートリノの質量を発表、2002年に「宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献」によってノーベル物理学賞を受賞した。2015年には、ニュートリノ振動の発見によって梶田隆章とアーサー・B・マクドナルドがノーベル物理学賞を受賞している。
  この時、使用された神岡研究施設のカミオカンデとスーパーカミオカンデには、巨大な超純水水槽と特殊な光電子増倍管が設置去られており、装置の本来の目的はニュートリノの検出ではないが、宇宙ニュートリノを検出した巨大な施設や最先端の測定技術が報道され、広く知られるようになった。
(3)ベータ崩壊(β崩壊)とPET診断、酸素の同位体分離
   β崩壊は、陽子過多の原子核から陽電子がひとつ飛び出し、β崩壊とは逆に、原子番号がひとつ減る崩壊モードである。陽子が中性子に変わり、放出される粒子は、β崩壊とは対称のものになる。電子ではなく陽電子、反電子ニュートリノではなく電子ニュートリノとなる。
   PET(Positron Emission Tomography)診断の普及によって、「陽電子」「ペット診断」「ポジトロン断層法」などのそれまであまり一般的ではなかった言葉が広く知られるようになった。
  これはβ崩壊を利用した画像診断技術である。
    陽電子(ポジトロン)を利用した断層像は、比較的古い技術であり、1950年代より研究が行われていた。1975年にPET装置が開発され、1980年代から画質向上が進み、1990年代後半から臨床利用が広まり、現在は、保険診療が適用されるまでになった。先進医療のひとつとされていたが、歴史の長い診断法である 造影剤の構成原子であり、陽電子を放出する核種「フッ素1818F)」を製造するための原材料である酸素同位体「酸素1818O)」は、2000年頃からは深冷の酸素同位体分離装置で大量生産が行われている。
    陽電子は、電子の反粒子(反物質)である。電子とは逆の電荷を持つ粒子である。陽電子は、その「対消滅現象(annihilation)」が高校の教科書にもあり、最も古くから知られている反粒子であるが、PET診断が普及するまでは、広く知られることがなかった。電荷のない中性の反粒子と比べると、分かりやすく、検出もしやすい。
 PET診断の仕組みはおよそ次のようなものである。
   18FDG-PET診断法は、18FDGという疑似物質(グルコース・アナログ)を放射性薬剤(一種の造影剤)として人体に投与して、がんなどを非常に高精度に撮影する検査法である。
  薬剤の正式名称は、フルオロ・デオキシ・グルコース fluorodeoxy glucose 18F)であるが、長いので、FDG または18FDG 18F-FDG18FDG-PETで通じる。
 投与された18FDGは、がん細胞に集まり、18Fがβ崩壊する。
 崩壊モードを表した図のβ崩壊の例は、この時の反応である、フッ素1818F)が崩壊して酸素1818O)が生成されるモードを示している。
   β崩壊によって原子核から飛び出す陽電子(e)は、反粒子であるから、短時間のうちに周囲にある電子(e)と反応、対消滅してγ線に変わる。
  γ線のエネルギーは、通常のX線診断に比べて5〜10倍大きく、透過力が強いため、吸収や散乱の影響が少ない状態で体外から観測することができ、基本的には、180度の方向に同時に二つの光子(γ線)が放出される。これを検出器(ガンマカメラ)で同時測定することによって、詳細な画像を得ることができる。
   PET診断は、放射性薬剤を用いるものの、比較的、侵襲性(invasion、生体を傷つけること)が低く、画像からは形状の情報だけでなく、生理学的情報も得られると言われて。
 放出される陽電子は、その飛程(発生した位置から消滅する位置までわずかに飛ぶ)によるずれや、対消滅のγ線が完全に180度にならない角度搖動(ゆらぎ)があるため、その解像度には限界があるとされているが、技術の進歩によって、その解像度は3〜5mmにまで向上している。PETの理論解像度とされる1mmを目指した次元放射線検出器の開発も行われている。
PET診断薬剤の製造
   PET診断に使用される薬剤はおよそ次のようにして製造される。
  PET専用の小型サイクロトロン(円形の陽子加速器、7〜20MeVのものが市販されている)で、陽子を加速、これを専用の同位体標識水(H218O)に照射して18O18F に変換し、FDG自動合成装置で診断用薬剤18FDGが作られる。
 フッ素1818F)の半減期は109.8分とあまり長くないため、核変換後2〜4時間以内に完了するよう、製薬・投与・検査までの工程が迅速に行われるシステムが構築されている。
  検査場所と同じ場所で診断用薬剤を製造する方法と診断用薬剤を製造する専門の場所から周辺の検査機関にデリバリーする方法があり、PET用薬剤を製造、使用する場所はPETセンターと呼ばれている。
   β崩壊をする核種には、フッ素1818F)の他に、酸素1515O、半減期約2分)、窒素1313N、同10分)、炭素1111C、同20分)などがあり、研究用・診断用に用いられているが、いずれも半減期がフッ素1818F)より短いため、診断用薬剤としては、18FDGが利用されることが多くなっている。
 日本国内のPET施設は、287ヶ所(2012年、日本核医学会推定、診療以外の基礎研究施設を含む)となっている。
 フッ素1818F)は18FDG以外のPET薬剤にも用いられ、18F -フルオロドーパが、体内のドーパミンの測定に利用されている。
PET診断と他の診断法
   PET診断を類似の診断方法と比較すると次のようになる。
 XCTは、透過したX線量の割合から体内吸収係数の分布を画像とするもので、得られる値は1種類である。PETでは、光子(γ線)が体内から放射されるため、体内放射能の濃度分布と吸収係数分布の2種類のデータが得られる。
 一方、X線では、体外から照射する放射線の方向を制御できるが、PETの場合は、体内からの放射線であるため方向の制御はできない。
 もうひとつの相違点は、X線は電流を計測しているのに対して、PETではパルス信号を検出している点である。検出器によってパルス信号を計数する時に、対消滅の確率的要素が含まれるため、これがノイズになりPET特有の画像処理技術が必要となる。
 PET診断では、放射性薬剤18FDGを投与するため、内部被曝があるが、これは、XCTに比べると被曝量が少ない。また、XCTで全身の検査をしようとすれば、検査範囲に応じて照射量が増え、被曝量が増すのに対して、PETの場合の被曝量は投与量までである。
    最近よく知られるようになった核医学検査法に、SPECTSingle Photon Emission Computed Tomography、単一光子放射断層撮像法、スペクト)がある。テクネチウムの核異性体 99mTc は、β線を出さず、単一γ線を放射するので、これをスキャンし体内の放射能分布を測定することができる。
  ヨウ素123123I、半減期13時間)、ヨウ素131131I、半減期8日)なども使用される。
  SPECTPETに比べて薬剤の製造が比較的容易であり、サイクロトロンのような大掛かりな設備を必要としないこと、半減期が比較的長いことが特長である。半減期は、99mTcで約6時間、ヨウ素123123I)では約13時間であり、PETのフッ素1818F)の約110分より長い。
  しかし、SPECTは、単一のガンマカメラをスキャンさせ幾何学的なコリメータを使用するため、解像度を上げると感度が低下し、解像度と感度を同時に向上させることが難しいとされている。これに対して、PETは、二つのγ線の同時測定法が電気的コリメータとなって解像度を上げるため、感度を落とさずに解像度を上げることができるという長所がある。
PET診断薬剤の供給
   フッ素1818F)は、β崩壊する核種の中では長寿命ではあるが、やじゃり保存は効かない。そこで、PETセンターでは、原料の安定同位体である酸素1818O)を濃縮した同位体標識水(H218O)を用意しておき、必要に応じて診断用薬剤18FDGを製造して迅速に供給・使用される。
    酸素の天然存在比(空気中)は、酸素1616O)、酸素1717O)、酸素1818O)が、それぞれ、99.757%370ppm2040ppmとなっており、地球上ほぼどこでも同じである。FDG用原料には、酸素1818O)の濃度が高い方が変換効率も高く、原子分率として酸素1818O)を98%含む水が望ましい。
 酸素1818O)の天然存在比が2040ppmであるから約500倍ほど濃縮されている必要がある。同位体を濃縮した水は、専業メーカーや産業ガスメーカーから供給されている。
酸素の同位体分離
   同位体どうしは、いずれも同じ酸素元素の原子であるため、分子としての性質は非常に近く、分離が難しい。酸素1818O)を濃縮するための専用の「同位体分離装置」が建設・運用されている。
  海外では、主に水の蒸留分離によって酸素1818O)が生産されているが、日本では、深冷空気分離装置の技術を応用した深冷分離法を用いて酸素の蒸留分離で生産されている。
 酸素の蒸留における分離係数(蒸気圧比)は、酸素1818O)を最も多く含む成分(酸素分子)である酸素(16O18O)と天然の酸素の中で最も多い酸素(16O16O16O2)の比で評価すると、 P16O2)/ P16O18O)=1.006であり、これは非常に1に近い値であり、空気分離のアルゴン/酸素系(1.2〜1.5)よりもはるかに分離しにくい系である。
  なお、分離係数は、(同じ温度での)蒸気圧が低い16O18Oの方を分母にし、最も標準的な分子16O2を分子にしている。(ここで、通常の酸素分子の分子式は、O2と書かれるが、同じ酸素分子でも同位体の違いを明示するときには、このように16O18Oと記述する)
   16O18Oを蒸溜で濃縮する装置では、18O原子分率は、最大でも50%にしかならない。これでは製品の仕様に満たないため、同位体分離プラントでは、16O18Oを蒸溜で濃縮する装置と16O18Oが濃縮された酸素をシャッフルして(同位体スクランブルという)、原子を入れ替えて、新たに18O18O18O2)を増やし、次に蒸留によって最終的に濃度の高い18O2 を製造する方法が取られている。
  この深冷分離装置も深冷空気分離装置と同様、圧力を制御しており、各部の温度を細かく制御する蒸留塔ではないが、圧力1atmにおける純物質の沸点は、16O18Oでおよそ90K18O2でおよそ90.1Kと非常に近いことから、分離のしにくさが想像できる。
 なお、水蒸留を用いる場合は、低圧(標準大気圧よりも低い圧力)であれば、分離係数 PH216O)/ PH218O)が、酸素の分離係数 P16O2)/ P16O18O)とほぼ等しくなり、分離のしにくさは同程度となる。
    水を用いた蒸留分離法と酸素を用いた蒸留分離法を比較すると酸素を用いる分離法にはいくつかの利点がある。@蒸発潜熱が小さいため省エネの設計がしやすい、A水素原子を含まないため水素同位体の濃縮による影響がないこと、B大気圧よりも高い圧力で運転できる、C機器の腐蝕や経年劣化の恐れがない、D最適なカスケードを用いて起動時間を短縮することができる(インベントリー低減のために液体ポンプを廃止するなどの工夫が必要)、などが特長として挙げられる。
  水素の同位体(重水素)は天然存在比が比較的大きく酸素の同位体の濃縮の場合には考慮の必要があり、また製品としての同位体標識水に含まれる水素の同位体比を天然存在比に戻すためのノーマライズが必要である。水の蒸留では分離比をよくするために、低圧で運転する必要があり、大気圧より低い運転条件では装置が負圧に対する気密性も保つ必要があり、蒸留塔内の負荷(蒸気の流速)が大きくなりやすい。特に大きな問題は、温度の高い水、水蒸気を取り扱うため経年劣化の問題がある点である。同位体分離装置では起動に非常に長い時間がかかる(半年から数年)ため、簡単に装置を停止、修復工事などを行うことは難しく、長期間劣化のおそれがない低温の装置の方が有利となる。
  酸素の蒸留法が不利な点としては、@酸素が二原子分子であるため途中にスクランブラ操作が必要となる、A日本の場合、高圧ガス保安法が適用されるため、装置の費用と保守費用が高くなるB原料となる酸素を製造する装置が必要になる(通常の工業用の酸素の純度は、99.7%程度であるが、99個つくほどの高純度の酸素が必要)。しかし、酸素の蒸留分離による同位体分離は、酸素や窒素を製造する深冷空気分離装置の設計・製作・運用の延長線上の技術であり、ノウハウや実績が活用できる産業ガスプラントメーカーでは、これらの問題を克服、既に日本国内で3装置が稼動している。
(4)ベータ崩壊(EC変換)とアルゴンの生成
   原子核が崩壊を起こす確率は、半減期あるいは寿命として示されるが、複数の崩壊の種類があるとき、どのような崩壊をするかも確率による。40Kのβ崩壊(崩壊確率89.1%)では原子番号がひとつ増えて40Caが生成され、残りの崩壊(崩壊確率10.8%)では、原子番号がひとつ減って40Arが生成される。
 40K40Arになる反応は、β崩壊の一種であるが、β崩壊やβ崩壊ではなく、軌道電子捕獲(electron captureEC崩壊)である。この崩壊は、自然界にはありふれており、珍しいものではないが、あまり広くは知られていない。
 EC崩壊は、原子の軌道電子が原子核に捕獲されて原子核内の陽子と反応、中性子に変わり(したがって原子番号がひとつ減る)、電子ニュートリノが放出される反応である。外からみると、原子番号がひとつ減るのでβ崩壊のようにもみえるが、陽電子の放出とその後の対消滅は観測されず、β崩壊崩壊ではない。
 β崩壊崩壊は、親核種(parent nuclide、ここでは40K)と娘核種(daughter nuclide、ここでは40Ar)の間のエネルギー差が、放出される「電子+陽電子の質量」より大きくなければ起こりにくい。しかし、親核種と娘核種のエネルギー差が小さく、確率的にはほとんど起こらないはずのβ崩壊に似た反応が発見された。湯川秀樹は、これを軌道電子の捕獲過程によるものと提唱(1935年)、その後、この理論は実験的に確認され、実際にこの崩壊過程は珍しくはないことも分かった。
    軌道電子捕獲は、EC崩壊あるいはε崩壊とも呼ばれ、原子核が軌道電子のひとつを捕獲し、原子番号がひとつ減る(原子核の陽子がひとつ減る)「β線を出さないβ崩壊モード」と分類されている。
  原子核に捕獲されて空いた電子軌道を埋めるために別の軌道から電子が遷移するので、この時に特性X線が放射され、反応全体としては放射性崩壊となる。
(5)ベータ崩壊のまとめ
   表にβ崩壊を簡単にまとめる。β崩壊は、主に3種類あり、β崩壊はβ線を出し、β+崩壊で観測されるのは陽電子が対消滅して生成したγ線、電子捕獲ではβ線が出ずにX線が出る。少し不思議だが、β線が直接観測されるβ崩壊はβ崩壊だけである。
   表には、3つのβ崩壊のほかに二重β崩壊なども示している。β崩壊が起きるためには、変化後の原子核が元の原子核より大きな結合エネルギーを持たなければならないが、それが2つ原子番号が大きい原子の核種の間で起こることがある。この場合は原子核内の2つの中性子が同時に陽子に壊変する二重β崩壊が起こることになり、極めて稀にしか起こらず、可能性のある60種類の同位体のうち、これまでに確認されているものは10種類である。
   レイリー、ラムゼーによって空気中に存在するアルゴンが発見されたのは、120年前、湯川によってその生成機構が説明されたのはわずか80年前のことである。
 β崩壊はPET診断に利用され、β崩壊の一種であるEC崩壊によって空気中にアルゴンが生成されている。β崩壊は、ガスの科学や深冷空気分離と関係が深い
 

ベータ崩壊の種類

ベータ崩壊

放出される粒子

残るもの

通常観測されるもの

備考

β崩壊

電子

反電子ニュートリノ

原子番号がひとつ小さい原子

電子(β線)

パウリの仮説

β+崩壊

陽電子

電子ニュートリノ

原子番号がひとつ小さい原子

陽電子対消滅に伴うγ線

11C13N11C15O
18F121Iなど

電子捕獲
EC崩壊)

 

電子ニュートリノ

原子番号がひとつ小さい原子

特性X線

 

40Kなど
湯川の仮説

二重β崩壊

電子×2

反電子ニュートリノ×2、あるいはなし

原子番号が2つ小さい原子

 

76Geなど
研究途上

二重電子捕獲

 

電子ニュートリノ×2

原子番号が2つ小さい原子

 

78OKrなど
研究途上