サイト・トップ
ガスの科学ブログ
ガスの科学目次
 
前の記事

13

次の記事
 
前へ
目次順
次へ
ガスの科学トップへ
13回  シャルルの法則(5) 温度(その1)
2017/10/28
 
修正

温度の尺度と温度の単位ケルビン
@「温度」
 ガスを取り扱う時に最も重要な物理量は、温度、圧力、容積である。圧力と容積は、長さと力から定義されるため、感覚的に分かりやすい。しかし、温度は、温度計で測ることができる物理量ではあるが、その実体は非常に分かりにくい。
  日本には、古くから「寒暑」あるいは「寒暖」という概念はあったものの、西洋から「温度」という概念が伝わったのは、ごく近年、江戸時代末期のことである。
 さらに、温度計という日本語が広まったのは、昭和の時代になってから、第二次世界大戦中のことであり、まだ70年ほどの歴史しかない。
  温度は、寒暖のようなものではあるが、寒暖そのものではない。寒暖はヒトの感覚であるが、温度は物理量であってヒトの感覚や直感ではその実体をつかむことはできない。温度を知るには、熱と物質の理解が必要である。
A「熱」
    中世の魔法を近代化学に変えたボイルは「近代化学の父」と呼ばれるが、ボイルから110年後に生まれたアントワーヌ・ラヴォアジエ(17431794年、フランス)も同じく「近代化学の父」と呼ばれている。ボイルは、錬金術から化学の時代を切り拓いたが、ラヴォアジエは、化学物質や化学反応を研究、質量保存則を発見し、「酸素」を命名した。燃焼における酸素の役割を明らかにし、それまでの化学の主流であった熱素(フロギストンphlogiston、「燃素」という和訳もある)が存在しないことを示し、化学を新たな段階に進めたため、近代化学の父と呼ばれている。
  それまでの化学では、燃焼とは、フロギストンという物質(元素)が放出される過程であると考えられていた。物が燃えると灰が残るが、それは物質からフロギストンが抜けるために起こる現象であるというのが定説であり、水素を発見したヘンリー・キャヴェンディッシュや酸素を発見したジョゼフ・プリーストリーもフロギストン説の信奉者であった。
 しかし、ラヴォアジエは、燃焼とは、物質が酸素と結びつく反応であるという酸素説を提唱、フロギストンは存在しない架空の物質であるとして、これを完全に否定することに成功した。近代の科学には何度も大きな変革があったが、フロギストンが存在しないということは、当時の化学者にとって非常に大きなパラダイム・シフトとなった。
   しかし、一方でラヴォアジエは、「熱」は物質であり、質量を持たない元素「カロリック」であるという概念を生み出してしまった(1777年)。燃焼に伴って放出される元素「熱素・フロギストン」は消えたが、燃焼に伴って放出される熱のもととなる新元素「熱素・カロリック」が加わり、熱や温度の概念は、現在とは大きく異なったものになっていった。
   多くの科学者がフロギストン説から脱却したが、今度は、カロリック説(熱素説、caloric theory)を認めることになった。カルノーサイクルで知られるニコラ・レオナール・サディ・カルノー(17961832年、フランス)でさえ、基本的には、カロリック説を支持した。カルノーが考えた仮想の熱機関「カルノーサイクル」は、現在でも究極(到達はできないが最高)の熱サイクルとされているが、この時代、熱や温度の概念は、まだ現代のようには確立されておらず、カルノーもカロリック説にどこか疑問を抱きながらも、それを信じて熱理論の研究を進めた。カルノーは、次第に「熱は物質ではなく運動である」とする「熱運動説」に傾いていき、自らも「火の動力」(1823年)を著したが、カロリック説を打ち破ることはできなかった。現在の周期表からは、質量を持たない元素の概念は、非常にわかりにくいものであるが、今から200年ほど前、熱は元素のひとつだと思われていたのである。
   トマス・ヤングによって「エネルギー」という新しい概念が提唱された(1802年)。エネルギーの概念によって、活量論争という長年の何となくもやもやとした科学の論争が運動量と運動エネルギーとして整理された。ニュートン力学は、ガリレオ・ガリレイ、ヨハネス・ケプラー、ルネ・デカルト、ロバート・フックらの考えをまとめたものであり、質量、運動量、慣性などを定義した点が優れていたが、エネルギーの概念を取り入れることによってより洗練された理論となっていった。
   ユリウス・フォン・マイヤーやジェームズ・プレスコット・ジュールらによる熱の仕事当量の研究が行われ(17981862年)、次第に、「熱はエネルギーの一形態である」ということが明らかになっていった。熱もエネルギーの概念によって説明できるようになり、熱素・カロリックという元素は存在する必要がなくなった。後に作成された元素の周期表には、質量を持たない特殊な元素が含まれることはなかった。
B「絶対温度」という物理量
   ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックが、シャルルの法則を定式化した時、「絶対温度」という物理量が定義された(1802年)。温度は、長さや重さのように、直感的に分かるものではなかったが、気体の容積は温度に比例すると定式化される物理量となった。シャルルはシャルルの法則を発見したが、ゲイ=リュサックは、14年後にそのことを定式化して公表、「温度」を定義し、この法則に「シャルルの法則」という名前を与えた。
   ゲイ=リュサックは、化学や物理の世界で多くの成果を残したが、自身の名前を冠することはしなかったようである。
  シャルルが開発したガス気球には「シャルリエール」という名前があるが、ゲイ=リュサックが開発した熱気球には、ゲイ=リュサックの名前ではなく、彼の下で気球を開発したモンゴルフィエ兄弟に因んだ「モンゴルフィエール」の名前がつく。ゲイ=リュサックは自らの名前の法則とはせず、気球にも温度にも自分の名前を残すようなことはしなかった。ゲイ=リュサックが考えた「温度」は、19世紀になって「絶対温度」と呼ばれるようになり、20世紀になって、熱力学温度という物理量になったが、国際的な物理量の単位は「ケルビン」になった。
  後にゲイ=リュサックの名前を冠した法則が二つあるが、ゲイ=リュサックの第一法則は「気体反応の法則」、ゲイ=リュサックの第二法則は「シャルルの法則」と呼ばれることが多い。
   フロギストン説の否定、酸素の発見、カロリック説と続いた燃焼反応や熱の研究は、エネルギーと気体の分子運動の研究へと進み、「熱力学(thermodynamic)」によって熱と温度の概念が確立していった。
C科学的温度と寒暖の尺度
   シャルルの法則、ガスの科学から定義される「絶対温度」が「発明」されたが、一方で、「寒暖」の感覚を表すようなものが古代から知られている。しかし、これが「温度」という尺度として現れてきたのは、比較的新しく、17世紀頃とされている。ボイルの法則が発見されたとき、科学的な温度というものはまだ定義されていないが、寒暖の尺度に関しては、様々な研究がなされていた。
   長さや重さといった物理量が大昔から知られているのに対して、温度(温度目盛)の歴史は、非常に新しい。
 ラボアジェの熱素説によって、熱がまだ物質(元素のひとつ)だと思われていた時代に、温度という尺度や温度計という器具が考え出された。
  温度は、まだエネルギーとは結びつけられていなかったため、それを表わす尺度の大小や方向は、はじめから決まっていた訳ではなく、任意に決められていた。したがって、現在では、高温=熱い、低温=冷たいという、温度と寒暖の関係が常識となっているが、高温=冷たい、低温=熱い、という温度目盛もかつては存在していた。「温度」という尺度は人間が考え出したものであり、高温=熱い、低温=冷たいという関係も、温度目盛りの歴史の中で作られたものである。
   現在、科学的な温度を表わす単位は、熱力学温度ケルビン(K)である。科学的温度である絶対温度には、熱力学温度、ランキン度、プランク温度の3つが知られているが、科学的温度として広く用いられているのは熱力学温度である。科学的温度である熱力学温度(単位ケルビン)は、温度という物理量であり、基準となる点が絶対零度(仮想の値)という理論に基づいている。ゲイリュサックが考えた時には、容積との比例関係にある物理量であった温度は、やがてエネルギーの概念が発明されると。これと結び付けられるようになり、科学的に意味のある物理量になった。
   絶対温度以外で「温度」と呼ばれているものは、実用的に使いやすいようにと考えられた寒暖の尺度であって、これらは「科学的な温度」ではない。科学的でないという意味は、シャルルの法則やその他の様々な熱力学の関係式において、「温度」という物理量を表していないということであり、それは起点が絶対零度にない温度目盛りであるためである。
 しかし、応用科学や工学の分野、気象や日常生活など実に様々な領域で、セルシウス度とファーレンハイト度という「温度」が用いられている。これらの温度には、基準点に科学的な意味がないため「温度」とは名乗っているが、温度と寒暖の関係を表す尺度の役割を果たしているのであって、温度という物理量を表しているのではない。そのことは、セルシウス度やファーレンハイト度ではシャルルの法則を記述できないことでもよくわかる。
D寒暖の尺度の注意点
   しかし、よく用いられる「セルシウス度」や「ファーレンハイト度」は、科学的温度ではないとはいえ、実学の分野では長い期間広く用いられているので、ここでは、同じ「温度」という言葉で表し、「絶対温度を温度という物理量」と「寒暖の尺度である温度(ファーレンハイト度やセルシウス度)」というように呼ぶことにする。
   セルシウス度とファーレンハイト度は、温度の変化や差を表わすことはできるが、熱やエネルギーといった概念とは整合性がないため、温度という物理量そのものを表わすことができない。要するにこれは、温度の単位(unit)ではなく、温度の尺度(scale)として使用されているのである。
   温度には、値そのものに意味があり、他の物理量との相関関係を見出すこともできるが、温度の尺度は、値そのものには科学的な意味がないため、条件(反応や感覚に対応する温度)や変化量(近距離での温度差や時間変化など)を示す時に用いられる。
 温度の尺度は、大小関係や差のみが重要であり、数値には意味がないため、桁数や何倍といった概念もない。たとえば
℃の二倍は10℃ということはないし、0℃の二倍がやはり0℃という議論も全く意味がない。
  気温が二桁になるとか一桁になるという議論も全く意味がなく、ヒトの感覚も寒暖を桁で感じることはできない。図に絶対温度(熱力学温度ケルビン)とその他の温度目盛り(寒暖の尺度)を示す。セルシウス度(℃)は、二倍したり半分にしたりできないことがよく分かる。たとえば、ゼロは何倍してもゼロであるが、温度の
0℃(約273K)の二倍は273℃(約546K)になる。また、5℃の二倍は10℃ではなく283℃ということになる。
図 絶対温度(熱力学温度ケルビン)とその他の温度目盛り(寒暖の尺度)
   ケルビン(という単位)は、以前は温度の尺度とされたこともあったが、現在では温度という物理量を表すひとつの単位として定義されている。ただし、ケルビンは、色温度(黒体から放射される光の色とその時の黒体の温度)と雑音温度(自由電子のブラウン運動に起因するノイズ)を表わす単位としても使用されており、熱力学温度にケルビンを用いるが、ケルビンそのものは熱力学温度だけに用いられる単位ではない。
   現在、日本国内では、様々な場面で、「温度の尺度セルシウス度」と「温度の単位ケルビン」が混在し、両方が使用されている。深冷空気分離装置や超低温機器は、熱力学の様々な法則、熱サイクルによって作られており、その設計に使用される温度は、科学的な温度、熱力学温度である。ところが同じ装置の中でも、冷却水温や気温、常温以上の回転機、その他の補機類で外界との接点がある場合などでは、セルシウス度が使用されることが多く、一般的な運転盤、工業計器、その他のインターフェイスには、「℃表記」が多用されている。
   気温や水温を熱力学温度で統一的に表わしても何の問題もないが、常温に近い機器では、顧客の要求や機器の仕様によってセルシウス度で示されることが多い。水温を300ケルビンと読むよりも27℃と読むことによって気温との「差」が分かりやすいというメリットがある。
 ケルビンという「温度の単位」とセルシウス度という「温度の尺度」が混在するのは、あまりよいことではないが、科学的な温度の概念が重要となる設計計算ではケルビンで統一し、機械装置や化学装置の図面や運転マニュアルでは、使用者の慣れを優先して、適宜セルシウス度に変換して記載するといった使い方が多くなっている。
 

 液体窒素の沸点も、大気圧近辺であれば7780Kであるが、ガス屋が外部に発表する資料では、圧力1atmの時の沸点をセルシウス度に換算した値「−196℃」が用いられることが多い。科学に興味がなく、ケルビンという単位を知らない人であっても、セルシウス度という尺度であれば感覚的に分かるだろうと考えて、−196℃という値が用いられる。
  ただし、純粋な液体窒素の標準的な大気圧101.3kPaの時の沸点は77.35K、セルシウス度では−195.8℃である。したがって、かなりの低気圧の状態、あるいは高い山に液体窒素を持ってこない限り、沸騰する液体窒素の温度が、−196℃まで温度が下がることはない。容器やタンクローリーの中にある液体窒素は、大気圧よりは高い圧力で保持されており、その温度も−196℃は高いはずである。−196℃は概略値であって、ほとんどの場合これよりも温度は高い。
 よく知られているように液体が沸騰する温度は、圧力によって大きく変わる。数字が一人歩きしている−196℃には注意が必要である。

   なお、液体窒素の温度領域は、一部の金属で「低温脆性」が起こるという意味では「低温工学」の範囲となるが、「低温科学」が、数ケルビン以下の超低温状態を取り扱うことと比較するとかなりの高温である。したがって、物性の分野では、60ケルビン程度の状態を利用する超電導技術は「高温超電導」と呼ばれる。一般の工業分野からみると、十分に低温だと思われる液体窒素も、科学の分野では高温と呼ばれることもあり、このあたりは、ガス屋としても使い分けが必要である。
  液体窒素の温度は、科学的には、低温(超低温)と呼べるほどの低い温度ではないが、工学的には「深冷、77K」と呼ばれ、広報、外部発表では、「かなりの低温、−196℃」と使い分けられており、超伝導や超電導技術の分野では「高温超電導」と呼ばれている。