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第46回 1−4 空気分離(1)酸素の製造

 2018/1/11

  1−4 空気分離(1)酸素の製造@化学反応による酸素の製造   
  1−4 空気分離(1)酸素の製造Aブリン・プロセス   

 工業素材は、天然に産出する何かの原料から抽出、分離されることによって作られている。鉄は鉄鉱石から、アルミニウムはボーキサイトから、石油製品は原油から作られ、食塩は海水から、バイオ燃料は植物から、と様々な原料から、工業素材が作られ、全ての工業製品は、このような素材を組み合わせることによって製造されている。
 最も基本的な素材のひとつである、産業ガス、すなわち酸素や窒素はどのようにして作られているのか、その正確なプロセスは、意外に知られていない。元素を人間が作ることができないことは容易に分かる。これらのガスも地球資源を利用して酸素分子、窒素分子として取り出されて製造されている。
酸素や窒素が工業用に大量に利用されていること自体が目立っていないため、その製造法にもあまり関心が向けられておらず、産業ガスの製造に興味がなければ、「酸素ガスは水の電気分解によって作られる」、「窒素ガスは何かの化学反応で作られている」などと思っている人が少なくない。
  地球を掘って出てくるガスは、天然ガスや火山ガスくらいであり、水素ガスや酸素ガスが地下資源として出てくるということはない。しかし、水素ガスは、石油や石炭を原料にして化学工場や製鉄所などで化学反応によって作られていることがよく知られている。一方、酸素ガスや窒素ガスがどのようにして製造されているのかは、あまり知られておらず、水素同様、化学工場で作られているだろうと、何となくそんな風に思っている人が少なくない。
@化学反応による酸素の製造 
 (a)理科の実験室での酸素発生
   酸素ガスや窒素ガスの原料は、空気である。空気を原料として大量の産業ガスが製造されている。
  産業ガスの業界からみると、空気を分離して酸素・窒素・アルゴンを製造することが当たり前であり、他の原料による異なった製造方法を思い浮かべることはできないのだが、業界外の人からは、水の電気分解という、もっと簡単な製造方法があるのに、何故、空気を原料にするのか、と問われることがある。空気を蒸留する理由は、「(空気を)分離する方が(水を)分解するよりもエネルギーを使わないから」であり「原料(空気)が豊富にあるから」である。
 しかし、学校では水の電気分解による酸素の発生を教えるが、空気を蒸留して酸素を製造する方法は教えていない。空気の蒸留分離を考える前に、それ以外の酸素の製造方法を復習してみたい。
  小学校や中学校の理科の実験では、過酸化水素水の触媒反応で酸素を作り出すことができると教えている。
 
   過酸化水素(hydrogen peroxide)は、不安定で酸素を放出しやすい。殺菌などに用いられる過酸化水素水(過酸化水素水溶液)は、強力な活性酸素であるヒドロキシルラジカル(OH)を発生させやすく、過酸化水素の重量比が6%を超えると劇物に指定されるものである。
  理科の実験では、比較的入手が容易な消毒用のオキシドール(3%程度の過酸化水素水、日本薬局方の名称)に触媒として二酸化マンガンを用いて、上記の反応式で、非常に簡単に酸素を発生させている。
  過酸化水素は、漂白や洗浄などに利用され国内の年間生産量は20万トン程であるが、工業用の酸素の年間生産量(自家消費と流通する酸素の合計)は、約1000万トン程(約100m3)である。オキシドールから酸素を発生させる理科の実験は可能であるが、産業用としては全く実用的ではない。
 (b) 熱分解による酸素発生
   化合物を加熱分解して酸素を発生させる装置「酸素発生カートリッジ」(SFOGSolid-Fuel Oxygen Generator)が実用化されており、宇宙船や一部の旅客機に装備されている。
 よく用いられる方法は、過塩素酸(HClO4)をを利用するものである。過塩素酸は強酸であり、過塩素酸イオンを含む結晶(過塩素酸塩)は、強力な酸化剤として火薬や爆薬、爆竹、花火などに使用されており、過塩素酸カリウム(KClO4)と過塩素酸アンモニウム(NH4ClO4)がロケットの推進剤(酸化剤)として使用されている。
  これらの物質は、通常は安定しているが、温度が上がると分解して酸素を発せるので、酸素発生カートリッジでは、これらを加熱して酸素を発生させている。酸素発生カートリッジに使用されている過塩素酸カリウムは、400℃で分解して酸素を発生、過塩素酸リチウム(LiClO4)は440℃で分解して酸素を発生する。ただし、これらの物質は、各国で危険物として規制されており、日本の消防法では過塩素酸塩類は、危険物第1類(酸化性固体)に指定されている。
 
 図の酸素発生装置は、ソ連の宇宙ステーションMir(ミール)に搭載され、その後、国際宇宙ステーション(ISS)に緊急用酸素発生装置として装備されているもの。
  カートリッジひとつで、ひとり1日分の酸素600リットルが供給可能である。
出典:NASA-APPEL(Academy of Program/Project & Engineering -NASA)
   宇宙船や宇宙ステーションのように、空気が入手できない環境では、呼吸用の空気は、基本的には、地球上から持ち込んだ酸素あるいは空気が利用されている。補給される酸素をできる限り長持ちさせるために、ステーション内では、酸素の再利用・再循環を行うための設備が整っているが、故障や事故などの緊急時にも酸素供給が行えるように、このような化学反応による酸素発生装置が用意されている。
 (c) 予圧システムと酸素発生装置
   この宇宙船用の緊急用酸素発生装置には、航空機用(旅客機用)の酸素発生技術が利用されている。地上では、当たり前のように利用できる空気が、航空機ではどのように取り扱われているのか考えてみる。
 国際線の旅客機は、成層圏の最下部、高度およそ10,000mを飛行することが多い。成層圏は対流圏(空気)よりも気象が安定しており、大気の組成は、対流圏とほぼ同じであるため、エンジンの燃焼用空気やその他の機器をそのまま使用することができるためである。
 しかし、この高度の気圧はかなり低い。酸素濃度は地上と同じであるが空気の密度が非常に小さいため、酸素が不足し、人間は普通に呼吸することができない。そこで、操縦席や客室は、外気より圧力の高い「与圧キャビン」構造となっている。
 旅客機の「与圧システム(cabin pressurization)」では、エンジンの動力を利用した空気圧縮機が外気を圧縮して機内の空気を加圧、一方、排気バルブから機内の空気を外に排出して、予圧圧力を調整している。予圧システムは、キャビンの空気圧を調整し、空調(温度・湿度調整)を行う必須の装備である。
 この時、キャビン圧を地上と同じ圧力にすると中の人間は快適に過ごせる。しかし、それでは、外気圧との差が大きくなり、機体に負担(内圧)をかけることになる。また、その圧力差は上空と低空では異なり、加圧と減圧が何度も繰り返えされるため、あまり大きな圧力差がかかると金属疲労も懸念される。そこで、機内の圧力は地上の圧力よりもやや低い圧力に調整されている。
 この時の機内の圧力を、標高に相当する気圧として「予圧高度」と呼ぶ。キャビン圧は、一般的に高山病(航空機の場合は「減圧症」と呼ぶ)が発症しないとされる予圧高度、2000m〜2400m程度(約0.8気圧)に設定されている。(高山病や減圧症は個人差がある)
   予圧システムでは、270hPa-50℃)程の大気(外気)を800hPa20℃)程に圧縮してキャビンに供給している。新世代の旅客機ボーイング787型機のように軽量で強度の高い炭素繊維を多く使用した機体では、運用時の内圧を高くすることができるため、最大予圧高度は1800mまで下げることができる(気圧を高くできる)、さらにカーボン素材は、錆びにくい材質のため、空気を過剰に乾燥させずに済み、従来の旅客機よりも快適な居住環境が得られるようになっている。新世代の素材を用いることによる大きなメリットのひとつになっている。
   予圧システムでは、空気圧縮機による加圧システムと排出システムによってバランスされているが、機内の圧力が上がり過ぎないようにするための安全弁が備えられている。一方、逆に機内の圧力が急激に低下して、空気圧縮機による空気の昇圧が間に合わないような場合は、予圧ではなく、乗員・乗客に直接酸素ガスを供給して対応するシステムが採用されている。
 通常の設定では、キャビン内の与圧高度が3000m以上(約70kPa以下の気圧)になると自動的に酸素マスクが展開されるようになっている。
  飛行中の航空機の乗員に酸素を供給する方法には、酸素ガスシリンダー(いわゆる「高圧酸素ボンベ」)から供給する方法、化学反応によって酸素を発生させる方法、液体酸素容器から供給する方法、の3通りがあり、旅客機の場合は、高圧シリンダーからの酸素ガス供給設備または、化学反応による酸素発生装置が装備されている。
  超高圧の酸素容器や金属製の供給配管類は非常に重量が嵩むため、軽量化をしたい航空機にはあまり向いていないが、操縦室の場合は、飛行高度によっては、通常時でも酸素マスクの装着が義務付けられており、酸素ガスは、搭載される酸素シリンダーからパイピングによって供給されている(日本の法律である高圧ガス保安法は航空機や車両などは適用範囲外であり基準が異なる)。一方、緊急時にのみ短時間だけ酸素供給が必要となる客室用には、軽量コンパクトな化学反応型の酸素発生装置が採用されることが多くなっている。
 
 図は、客室用のカートリッジ型酸素発生装置(SFOGあるいは chemical oxygen generator)である。酸化剤は、塩素酸ナトリウム(NaClO3)の混合物で、過酸化バリウム(BaO25%未満のと過塩素酸カリウム(KClO4 1%未満を含む。
  パーカッションキャップと呼ばれる点火装置には、雷管として、トリシメート(スチフェニン酸鉛)とテトラセンが使用されている。点火後12〜22分間酸素を発生する。キャニスター(反応副生物を除去する)の表面温度は約260℃(500°F)。
   図の出典は、Wikipedia "Chemical oxygen generatorr"  Diagram of a chemical oxygen generator system (原文の注釈は英語)
Aブリン・プロセス 
   最初に酸素の工業生産に成功したのは、英国のブリン兄弟(アーサー・ブリン、レオン・ブリン、Arthur Brin, Leon Quentin Brin)であり、化学反応による酸素発生システム、ブリン・プロセス(Brin Process、バリウム酸素プロセス)によって空気から酸素が作られた。
   ブリン・プロセスは、 酸化バリウムを 500600℃(1000°F)に加熱して空気中の酸素と反応させて二酸化バリウムを生成、これを800℃(1400°F)に加熱して酸素を放出させて取り出す。。
 
   左から右への反応では、酸素は空気から供給され、右から左への反応の時に酸素が気体として採取されるので、結果として空気から酸素だけが分離されることになる。
   この反応は、ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサック(1778〜1850年、フランス)とルイ・ジャック・テナール(1777〜1857年、フランス)が19世紀初頭に発見(1811年)したものである。
 ゲイ=リュサックは、シャルルの法則を発見し温度の概念を発明し数々の化学の発見をしたことで知られ、テナールは過酸化水素の発見で知られる。
 

 ジャン・バティスト・ブサンゴー(1802〜1887年、フランス)は、ゲイ=リュサックらが見出したこの反応を繰り返すことによって酸素を発生させるプロセスを確立しようと試みた(1852年)。
  しかし、ブサンゴーが行った実験では、反応が数サイクルしか続かず、酸素発生装置の開発は失敗した。ブサンゴーの元で学んでいた二人の英国からの留学生クエンティン・ブリン、アーサー・レオン・ブリン兄弟は、空気中の二酸化炭素から炭酸バリウムが生成できることを見出し、水酸化ナトリウムを用いて空気から二酸化炭素を除去する方法を思いつき、この方法で原料空気を処理して問題を解決した。

 
    実際に実用化されたプロセスは、化学式にあるような温度の制御ではなく、 圧力制御によって行うように改良され、高圧で酸素を吸収し、低圧で酸素を放出する方式になっている。これによって酸素の吸収・放出の時間がかなり速くなり(1サイクル1〜2時間)、連続的な酸素製造プロセスを完成させた(1884年、特許は1880年)。ブリン・プロセスは、反応温度を見ると、エネルギーを多く消費し、少量の酸素しか発生できないように思われるが、これが商業的酸素の最初の生産プロセスであった。
   ブリン兄弟は、世界で初めて酸素の工業生産に成功、彼らが起業したブリンズ・オキシジェン社(BOC社、Brins Oxygen Company)は、世界最初の酸素会社となり、後に、ブリティッシュ・オキシジェン社(BOCrenamed British Oxygen Company)と改名(1906年)、世界有数の酸素会社(産業ガス会社)となった。(現在は、リンデ・グループに属している)